青い海と山脈

ziolin(詩織)

黒文字無患子のRe_walking

関東ふれあいの道#1 神奈川県①~③

 ベージュのチノパン、黒いシャツ、純綿の指付き軍足。迷彩のジャケットを羽織ってモスグリーンのリュックを肩に掛け、布袋に包んだ笹竹の杖相棒を抱き、汚れたトレッキングシューズの靴紐を結ぶ。

 いつもの姿で出掛けようとしたところに、おかあにゃんが声を掛けてきた。


「あら? どこ行くの? 泊まりなの? お昼ごはんは?」


 ……。


「朝ごはんと一緒に作った。21時前には帰る」


 潰れた30Lリッターのリュックサックが、泊りの装備に見えるかの?

 そして、その訊き方でもし泊まりじゃったら……。もしそうなっても中止はせぬし、抵抗してもそれが意味をなさねば受け入れるが……、絶対に嫌じゃぞ?


「三浦」


 それでも、のってあげるわ。まったく、おバカあにゃんは。




 一時間弱掛け、大街駅まで歩く。まあ、ウォーミングアップがてら、な。


 ICカードを取り出しながら、一台だけの券売機の横に立てられた、列車案内のデジタルサイネージを見ると、


「な、あと一分じゃと!?」


『まもなく、一番線に、^車がまいります。黄色い線の、内側まで、下がってお待ちください』


 特徴的なアクセントの音声。ホームの上についた小さな電光掲示板には、オレンジ色の「電車がまいります」の文字が点滅しておる。

 IC専用簡易改札機に慌ててタッチ、階段を駆け上る。


 無駄に細長い島式ホーム。自販機と、静電気が発生しやすいプラスチックのベンチが余計に狭くさせる。



 「各駅停車 ワンマン」と表示された、短い列車がホームに滑り込んできた。


『発車します。ご注意ください』


 まだドアが開いてすらおらんのじゃよ!! それどころか完全に静止もしておらんわ!


 ボタンを押し、車内へ身体と荷物を滑り込ませる。と、同時に発車のブザー。

 停車時間は数秒程。ガラガラ……ダンッ! と乱暴にドアが閉まり、車両が動き出した。


 毎度思うのじゃが、私鉄とJRで会社が切り替わるというのに、何なんじゃよこのせっかちさは!




 何度か乗り換えて、京急線三浦海岸駅に到着。バスは……行ったばっかりで、三十分後か。


 起眞市がどこにあるか明言されておらぬということは、起眞市がどこにあってもおかしくないということじゃ。故に、大抵のところは何回か乗り換えれば2、3時間ほどで到着する。

 桑織集落の住民がどこにでも出没できることの理由付けと同じ理論じゃ。


 もし納得できぬのであれば、似たような地形の起眞半島は西海岸、海辺町辺りにおると思ってくれ。


 しっかし、反転フラップ式パタパタがなくなったのは寂しいのぉ。起眞駅かどこかに付けようかの。




 剱崎行きのバスに乗車、松輪バス停で下車。

 バス停の近くには、大きな案内看板と柱型の道標どうひょうが立っておる。


 【①三浦・岩礁のみち】スタートじゃっ!!



 長閑な田園風景。パンフレットには夏はスイカ、冬は大根畑と書かれておるが、ちょうどその境なのか、特に何も植えられておらぬ畑が多いな。

 三浦市農協のダイコンやキャベツの箱は、ワレら……というかたごさくんちも出荷に重宝しておる。感謝感謝じゃ。


 間口漁港を抜けた先は、コース名の通り岩場。山とはまた違った、独特な歩きずらさと歩く楽しさがあるのぉ……。

 ざばぁん、ざばぁん、と荒々しく岩に打ちつける波と、それに削られ形作られた岩礁。


 海、即、山(あるいは崖)というのは、半島などの特徴じゃよな。良くも悪くも。

 いや、良くも悪くも、などというのは人間の勝手な判断じゃ。剥き出しの岩に浮かぶ模様地層を見ておると、そう思う。



 途中、通行止め区間を迂回。

 その後も岩礁と舗装された道を何度か行き来。


 微妙に寂れた白浜毘沙門天で、ほんの気持ち程度の賽銭をして、お供え物を物色……。一か月くらい前に賞味期限の切れた菓子……。まだ食え……いかんいかん、そんなはしたない真似はせん。渇すれば盗泉であろうが平気で飲むが、ちゃんと行動食は持っておるのじゃから、わざわざそんなことはせぬよ。


 ペットボトルが一本空になったので、児童公園の水道で汲水。毘沙門の名を冠すに、1.5kmは離れすぎな気がするのぉ……。




 簡素なコンクリの土台と、二本の角材の上に金網を載せただけの橋。

 その手前には、一つの説明看板。

 道標には、「盗人狩」とある。


 おお、ここが撮影ポイントか!


 関東ふれあいの道は、各コースにの撮影ポイントで、申請者を映した写真などを、各都県……神奈川の場合は17コースをまとめて申請すると、認定証と記念バッジが貰える。

 当座の目標じゃな。全160コース制覇は遠い。


 と、いうわけで、岩場にスマホを置いてタイマーをかけ、何枚か撮影。うん、いい感じじゃ。


 ちょっと早いが、ここで昼飯とするかの。

 流石にいつもの雑炊ではエネルギーが足らぬから、朝飯のとき多めに炊いておいた玄米と魚肉ソーセージギョニソ、それから……、


 タッパーの玄米を蓋に移し、空いた容器に、削り節、醤油、乾燥わかめやネギや麩などを入れ、THERMOSサーモスの水筒からお湯を注げば、あっつあつの汁物の出来上がり!!


 盗人狩という地名の由来を読みながら休憩。

 追い詰められた盗賊が、この地で足がすくみ捕らえられてしまったと。成る程、確かにサスペンスドラマの最終盤で出てきてもおかしくないほどの断崖絶壁じゃのぉ。



 さて、腹も満たせたところで、さらに進んで宮川湾。釣り人が幾人かおる。


「っと、すまぬのぉ」


 危うく釣り竿を踏んでしまうところじゃった。

 こういう時は、すぐに謝って、さっさと立ち去る逃げるに限る。



 スタート地点と同じような、案内看板。一応宮川町バス停がゴールじゃが、ここが実質ゴールじゃろう。

 ……一応、トイレ行っておくか。


 って、手洗い場の水圧強すぎるわっ! しかもワンプッシュあたり短い!!

 というか、「オールジェンダー」という表示の下に点字らしきものが印刷されておるが……これ出っ張っておらぬよな!? 普通のプリンターで印刷して、ラミネート加工しただけの物じゃ……意味ないじゃろ自己満足か?




 次のコースのスタートである三崎港まで歩く。


 道中、商店があったので立ち寄ってみる。

 何か買う気はあまりないが、気がむいたら行動食でも買おうかの。


 ……かき氷? 野菜や果物を氷で味わう……1000円。三浦産のトマトやメロン、津久井の柑橘……美味しそうじゃ。でも、1000円かぁ……学生には手が出しづらい。

 ……普通のかき氷もあるのか。200円。何か申し訳ないが……、こちらを頼もう。


「いただきます」


 豚汁など入れるような発泡スチロールの椀に、急峻な山の如く盛られた氷と、山頂部を染める緑色のシロップ。

 それを、小さなプラスプーンで、崩れぬよう掬い取っていく。


 ちらりと店の外を見ると、霧のような雨が降っておった。

 朝から雲行きは妖しかったが、降り始めてしまったか。



「ごちそうさまでした」


 リュックサックの底からレインスーツとザックカバーを引きずり出し、服の上から着て外に出ると、雨はやんでおった。


 ……。

 取り敢えず、レインパンツはそのままに、レインジャケットとザックカバーを外し、丸めてリュックサックに押し込んだ。


 さて、気を取り直してしゅっぱ……ん? 何か忘れておるような。

 ……相棒! 杖忘れておった!!


 対した距離で無いので取りに戻る。


 いつであったか、袋ごと相棒を駅に置き忘れて山に登ったことがあったのぉ。

 出発前にトイレを済ませておこうと、長い包みは邪魔じゃから近くのベンチに立て掛けておいて、登山口に着いてから取り忘れたことに気付いた。

 別に相棒自体はどうでも良いのじゃ。それを包む「袋」の方がないと困る。

 あの時は帰りも同じ駅であったから良かったものの……。「雑品」として預かられておったわ。



 そんなことを思い出しながら、次のコースの始点へ向かっていると、「手作りこんにゃく」「ところてん」という幟が目に留まった。

 ほう、お土産に買っていくか。せっかく三浦に来たのじゃから、この三浦産わかめ入りのこんにゃくと……ところてんも買っていくか。

 小さい保冷剤を付けてくれたが……まあ、数時間常温でも大丈夫じゃよな。



 三崎港に到着。道標を一瞥し、休む間もなく【②油壷・入江のみち】スタートじゃっ!!



 道路沿いに奇妙な筋の入った崖と、看板があった。

 神奈川県指定天然記念物、海外町のスランプ構造……。

 よく分からぬが凄い。


 ……「学校の勉強が何の役に立つか(何の意味があるか)」などという問いがあるが、ワレは「ある程度の教養があったほうが日々の生活が楽しくなる」と考えておる。

 地学を少しでも学んだからこそ、この「よく分からぬ(まったくわからぬ、ではない)が凄い」という感想になるのであって、そうでなければただの変な模様の崖じゃ。



 ……割とすぐこのコースの撮影ポイント、諸磯湾のヨットハーバーに着いた。

 短い上にずっと車道じゃからな。


 忘れず撮影撮影……っと。



 しばらく進めば油壺湾。

 変わった地名じゃのぉ。三浦半島の地名は特徴的なものが多い気がする。

 特徴的な地名は、大抵曰くがある訳で……おお、ちょうど解説の看板があったわ。


 北条早雲の大軍に、3年間も籠城戦で耐えた三浦氏。その討死した将兵の血が、湾の海面に油のように浮いていた……。成程、結構えげつない由来じゃな。



 油壺公園を通り抜け、油壺温泉バス停。足湯だけでも……と思っておったが、閉館してしまったらしい。

 相棒を袋に戻し、三崎口駅行きのバスに乗った。



 時間的に……もう1コース行けるよな。

 駅前のセブンで行動食を買おうか迷いながら、同時にそんなことも考える。


 お! 暫くセブンなど来ないうちに、豆腐バーの新商品が……、豆腐スイーツバー、ガトーショコラじゃと……!? 雪花菜が喜びそうじゃのぉ。

 んー……、でも、今日はいいか。また今度、機会があったらな。


 結局何も買わずに店を出て、観光案内所で地図を貰う。今更じゃし、次のコースの殆どは横須賀じゃから、あまり意味はないのじゃが。



 スタート地点は矢作入口バス停。しかし、駅から歩けぬ距離ではない。

 今回のYokosuka海道ウォークのスタート・ゴール会場もこの辺りじゃったよな? 下見も兼ねて……。


 あ、小泉進次郎のポスターだ。

 1コース目は岩礁歩きじゃったし、2コース目もあまり住宅がなかったから見かけなかったが、横須賀市と三浦市は神奈川11区。



 っと、矢作入口バス停。時間的にも体力的にも、今日はこれで最後、【③荒崎・潮騒のみち】スタートっ!


 住宅街を抜け、砂浜の海岸へ。


 ツェルトを立て、直火で焚き火をしておる者が居る……。ここ、直火大丈夫なのかの?

 あ、全然大丈夫じゃないっぽい。向こうから警備員が歩いてきておる。

 暫くして振り返って見れば、やはりその奴らが注意されておった。



 ……で、これどう進めばいいんじゃ?

 目の前は岩場。特に道標はない。


 ……ここを突っ切るのがコースじゃよな?

 午前中のコースは干潮に合わせて来たが、ここはもう潮が満ちてきて、本来歩くべきところが沈んでしまっておる。


 落石が危険であるからか、鉄パイプを組んで塞いでおるところは沈んでおらぬが……行ってしまえ!!

 数mほど、本来は入ってはいけないのであろうところを走り抜ける。


 その先に道標が見えた。ちょっと安心。



 そこから階段を上り、ソレイユの丘へ。

 コテージが幾つも並ぶグランピング場。ふっ、ワレには一生縁がない場所よ。


 幼子の楽しげな声を聞きながら通り抜け、駐車場前の道路を左へ行くと、眼前には再び海。

 道標には長井漁港とある。


 ゴールは右じゃが、撮影ポイントの為に一旦左へ。1km往復するんじゃったよな。

 荒崎公園に入る。潮風の丘じゃとか、気になるところはあるが、時間が無いので撮影ポイントの弁天島へ一直線。

 ご丁寧に、道標には「撮影ポイント」と併記されておる。


 お? 虚空へ続く数段の階段と、その真横に橋。安全のため、階段の方にはテープが張られておる。

 これは観光案内所でチラッと見たぞ? 台風の大波で橋桁から外れたが、真横の地形にぴったり収まった「奇跡の橋」!! 知る人ぞ知る名所らしいぞ?

 一応、コンクリートで補強はしておるようじゃな。


 それを渡り、岩場を歩いて弁天島に近づけるところまで近づく。

 写真撮影!!


 ヤバ、もう充電があんまりない。間に合ってよかったわ。

 夏の暑さやらでバッテリーへたってきたのかの? まあ、一番の原因は道中駅メモをやっておって、三浦海岸駅を出たときには既に60%くらいしかなかったことじゃが。

 スマホの使用は計画的に、な。



 もと来た道を長井漁港まで戻り、そのまま直進する。



 ……進次郎。進次郎、進次郎……。横須賀市の、しかも漁港周辺故か、どこを向いても小泉進次郎のポスター

 共産党のポスターの横にも進次郎。作業小屋には日に焼けて消えかかった進次郎のポスター


「……こりぇがボケてにいう小泉蜃気楼きゃのぉ!?」




 ……。


 ……。


「はぇ?」


 なんか、気付かぬうちに国道に出ておった。


 疲れで記憶があやふやになっておったのじゃろう。


 えーっと……、ゴ~ル!?



 辺りはすっかり暗くなっておる。


 高等工科学校前バス停。

 どうやら自衛隊の学校らしい。バス停には関係者がズラッと整列しておった。

 ……しかしな? Googleよ。「横須賀市の軍学校」とは……もう少し、「教育機関」などとオブラートに包んだ書き方はできぬのか?


 少し戻る形にはなるが、三崎口行きのバスに乗るのが最も早く安いじゃろう。

 体を引きずるように横断歩道を渡り反対側へ。


 相棒を袋に納め、結局着っぱなしであったレインパンツを脱ぐ。

 ああ、シャツのボタンが第三ボタンまで開けておる……青木理でもこんなに開けぬわ。取り敢えず第三ボタンは閉めよう……。


 奇異な目で見られておる気がするが、気にせん。


「ワレはワレの道を行くぅのじゃぁ!」


 疲れて色々おかしくなっておるのは自分でも自覚しておる。


「あ、行動食のデーツバー残ってたはず……おいひー」


 くらくらした頭で叫ぶ。


「来週は大楠山だぁぁ!」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「結構メチャクチャな精神状態です。そして、彼女に仮託しているだけで、実際は私がこんな感じになっています。

 あ、ちなみに1−1担任の京菜先生はペドですが、チキンなのでそういうことは起こり得ないです。なので生きています。もし起眞市でそんなことをすれば、忍者に殺されてしまいますから……」

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