朝吹賞
◆自主企画◆
【既存作品不可】エッセイを書きましょう2024
https://kakuyomu.jp/user_events/16818093085525286658
主催:犀川ようさま
(定期削除されていたら、タグ『エッセイ2024』で検索)
-----------------------------------------
もしあなたが選者の立場になった時、作品をどのような目で読むだろうか。
性善説の人は希望に満ちた明るいものを。涙もろい人なら人情ものを。玄人わざを取る人もいれば、瑞々しく青くさい作品を推す者もいる。
力作ぞろいであると選考に悩むし、作品未満ばかりが集まると物足りなくもなるだろう。
「もし、わたしの名でエッセイ集を編纂するとしたら、この作品をとるだろうか」
そんな眼で読むのもいい選び方だ。その本には「選者」としてのあなたの名が載る。後に残る誇りある仕事をしようと想うなら、選ぶ側にも高い文学的センスが問われることになる。『本屋大賞に外れなし』と云われるような選び方が出来ると、選ぶ側の人間も枕を高くして眠ることが出来るのだ。
とはいえ、カクヨムは、基本わいわいと愉しむ場である。真剣に斬りあったら死体が転がりはじめるし、こちらとても竹光を鞘から抜けば青あざ程度の傷は相手に与えて、「バカー」と泣き叫びながらぽかぽかやってしまうことだろう。それは避けなければならない。
それもあって他人の作品に対しては、最大限甘い眼で読むことを自分に課している。書き手ならば毎日のように自分の腹を搔っ捌いて書いているものだ。血反吐を吐いてのたうち回るようなこの苦しみの上にさらに他人が釘を刺さずともよいではないか。
存分に書きたいものを書けて良かったね……というだけで、わたしの眼には全員が満点なのだ。
さてその上で集まったエッセイから一篇を選ばなければならない。なんの箔にもならぬ賞で申し訳ないが、朝吹賞としてわたしが選んだエッセイはこちらである。
――――――――――――
『Last Guardian』
作者:鈴ノ木 鈴ノ子さま
https://kakuyomu.jp/works/16818093085893640354
――――――――――――
端的に理由を述べるならば、題材が良く、エッセイ作品としての全体的な完成度が高いからということになるだろう。出だしから最後の一行までしっかりと事象を追っている作者の視点。こなれた文章は軽やかな律動を生み、読者を自然と山道に誘う。
家や畑があった名残りの石垣。錆びついて蜘蛛の巣がかかった井戸のポンプ。雪の重みで瓦屋根が潰れたままのかつての寄合所。
youtubeで廃村巡りを観ると、各地にあった里から人が絶え、先祖代々そこで暮らしていた人々の営みの跡がすごい勢いで山や森に呑まれて埋もれていく様子がよく分かる。村から人が去った理由は様々だ。人口減。高齢化。ダム建設による移転。高度経済成長期に外に出て行った若者の多くが村に戻ってこなかったのも集落の維持を困難なものにした。
「動けるうちに、便利な他所に移ろう」
村人が相談の上で立ち去った村もある。
「一年に一度は、戻ってこような」
そう約束して、実際に年に一度はふる里で顔を合わせ、墓やお
そこで暮らしたことがない者にとっては、そこは先祖との絆も感じられない、わざわざ行くにはひどく不便な、ただの小汚い廃墟と害虫の棲みかでしかない。
ある番組中、山奥で独り暮らしをする老人を訪ね、水位が下がったダムの底に奇妙な二本の柱が見えてくるので「あれは何か」と問うと、「小学校の門」と応えが返った。老人はかつてあの場所にあった小学校に、
この老人のように村で生まれ育った記憶をもつ老人も、やがては時の流れと共にこの世から消えてゆく。それにしたがって訪れる者が絶えた村の跡は、今度こそ樹海の下に沈んでしまうのだ。
さらに映像を流し見ていると、天明の大飢饉によって全滅した村というのが出てきた。もはや「日本むかし話」の世界である。
もともと落ち武者の群れであった彼らは山奥に隠れ里をひらき、飢饉のあいだも秘蔵の武具と食べ物を交換して食いつないでいたが、最後の矢筒を手放した後はもはや口にするものとてなく、そこで死に絶えたのだそうだ。
その村の跡が遺っているのである。
近隣の村が憐れんで、今にいたるまで、木を伐採して彼らが生きた場所を空き地にして保っている。餓死した者たちを葬り、石積の墓を建て、天明の飢饉からこちら、二百年以上も語り伝えているのだ。しかしそうやって長年痕跡を守り続けていた近隣の子孫にあたる方々も、どう見てもかなりのご高齢で、冬季は道路が封鎖されるような雪深い山中にある遺跡の管理は数年後にはいよいよ危うくなっているようにみえた。
わたしがこの村を離れたら誰が墓参りをするんね。死んだ者が寂しがるやろう。
たまたま読んでいた本に、そんな記述が出てきた。墓や葬式すらなるべく簡素に、遺骨も海に撒いてくれたらそれでいい。そんな人が増えている現代、生まれてから死ぬまで村から一歩も外に出たことがない人間が大勢いたかつての村社会は空洞化の一途を辿り、先祖が形成していた村という一つの小世界は、最後の独りが失せると共に、そこにあった風習や物語を道連れに地上から消えてしまう。
『Last Guardian』
ここに村があった。
大昔、人が暮らしていた。
それを伝える者がいる限り、そこにはまだ風の中に村の輪郭が遺っている。もちろんそれは現地の目印というだけのものになり果てているのだが、誰かが消失に抗って、まだ気配の片鱗にかじりついている。
しかしそれもやがては絶えるのだ。かつてあった村のさざめきや祭りの笛の音は虚空に吸い上げられて完全にこの世から消えてゆく。
遠からず迎えるであろうその日を予感させつつ、守りびとの老人は草を刈る。
文字数にして五千字未満であるが、一篇の小説でも読んだかのような豊かな読後感があった。
――――――――――――
※作品の感想はご本人さまにお伝え下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます