8・もえ、オンラインで戦う

第8話

近頃、先輩は事務室でパソコンと対面している。隣で雑務をこなしているもえは、横からなにをしているのかこっそり覗いてはいるが、具体的にはよくわからない。

 ただ、先輩のキーを打つ手のスピードだけが、よく見えた。

「すごいですね先輩」

「なにが?」

 パソコンに目を向けたまま返事をする先輩。

「キーを打つの早いなあって」

「そうかな? まあ、子どもの頃タイピングはよくやってたけどね」

「そうなんですか!」

「趣味でね」

 パソコンに目を向けたまま、答えた。

「で、ところで先輩」

「なに?」

「なにをしてるんですか? このところ、パソコンばかりに目を向けてるじゃありませんか」

「うん……」

 先輩は、キーを打つ手を止め、もえに顔を向け答えた。

「インターネットを使用した犯罪を止めているんだよ」

「インターネットを使用した犯罪?」

 もえは、首を傾げた。

「そう。ハッキング、ウイルス、誹謗中傷。その他いろいろ。インターネットには数え切れないほど犯罪がたくさんあるね」

「それを阻止するために、パソコンを見ているんですか」

「そうだよ。例えばほら、見て?」

 もえは、先輩のパソコンを覗いた。

「これは、SNSで学生がクラスの子の悪口を掲載している。それを僕が見つけて、これ以上ひどいことを書かないように、カバーするんだよ」

「へえー。確かに、これ世界中の人が見るサイトですもんね。え、先輩なんて書いて誹謗中傷を止めてるんですか?」

 先輩の投稿したコメントを見た。


”君たち。悪口よりも、俺をほめてよ?”


 という返信と、どこで拾ったかわからないイケメンの画像を貼付した画像があった。

「え……」

 もえは唖然とした。

「どう? これで学生たちも和んで、悪口をやめるようになったんだ」

「それはなによりで……」

 唖然としながらつぶやいた。

「他にもその仕事してる人いるんですよね? まさか、全員そんなふざけた写真貼り付けてるんじゃ……」

 呆れているもえのところに、

「ああ、山波君」

 警部が来た。

「はい警部!」

 威勢よく返事をした。

「君に任務だ」

「はい、なんなりと!」

「君も今日から、インターネット犯罪の阻止の業務に任命する」

「え?」

「近年、オンラインの普及により、インターネットにより事件が増えた。我々捜査一課の手には負えん状態だ。雑用係は後回しにしてくれ」

「は、はい。わかりました!」

「おお? 山波さん、僕と同じ仕事任されたんだね」

「先輩よりも、まじめに誹謗中傷を止めますので」

 ウインクした。

「いや、逆におちゃらけていたほうが、効果的かも。相手はおもしろ半分か、あるいは日常生活でストレスを抱えていたりする場合がある。だから誹謗中傷でうっぷんを晴らしているんだ」

「そうか。検問の時も、なるべくやんわりといったほうがいいって聞きますもんね!」

 もえは、警部の顔を向けた。

「警部。さっそくですが、まずはなにからしましょう?」

「山波君は、別室で業務を行なってもらう」

「へ?」

「なぜなら、君に任せる仕事は、少々やっかいなやつを相手にするからだ」

「へえ?」

 もえはもう、なにがなんだかだ。


 警部に連れられやってきたのは、会議室。そこには、もうすでに何人かの刑事たちがパソコンに向き合っていた。

「君は向こうの席だ」

 警部に指示された、一番後ろの席。もえは、そこへ向かった。

「よろしくお願いしまーす」

 隣の女性刑事にあいさつした。

「よろしく。あらあなた若いわね。歳いくつ?」

「え、ええ? い、いきなりすぎませんか?」

「あははは! それよりも、パソコンを起ち上げて」

「は、はい!」

 もえは、パソコンを起ち上げた。

「付いた?」

「付きました」

「じゃあね、ファンタジーファンタジー、略してFFにアクセスして。あなたのアカウントはこれね」

 メモを渡した。

「え、え? な、なぜオンラインゲームをする?」

 困惑した。しかし、よく見るとまわりの刑事たちは、オンラインゲームをしている様子だ。

「まさか、オンラインゲーム上で事件?」

「アカウント登録した?」

「あ、ああ今やります!」

 もえは、メモに書いてあるアカウントに新規登録し、さらにメモに書いてあるゲーム内のキャラクターまで作り上げた。

「できました!」

「そう。じゃあ、さっそくゲームをするわよ!」

「あ、あの。一体なにをするんですか? その、具体的な指示をお願いします!」

 しどろもどろと質問をした。

「実はこのFFね、乗っ取られているのよ」

「の、乗っ取られている?」

「そう。まだ犯人の出所は掴めていないのだけど、どうやらこのゲーム上にいる人たちの個人情報を特定し、住所を晒したり、お金を盗んだりしているみたい」

「なるほど。つまり、私たちの使命は、その犯人を特定することなんですね?」

「そういうこと。だからあえて、刑事たちみんなでゲームのキャラクターになるわけよ」


 ファンタジーファンタジー、略してFFの世界は、なんでもありの架空世界。タキシードを着こなす男爵やドレスをまとった姫、タキシードを着こなす姫、ドレスをまとった男爵など、四季折々に存在していた。

『ここがFFの世界かあ。聞いたことはあるけど、どういうゲームなんだろ?』

 中世の庶民が着るようなドレスを身に着けていた。名前は、るん。もえのハンドルネームだ。

『るんるん♪ るんはるんだるん♪」

 わざと、あざとく振る舞うるん。

『るんちゃん』

 声をかけられた。

『うわ! だ、誰ですか?』

 鎧を着たいかつい顔の男が現れた。

『あははは! あたしよあたし。隣にいる先輩刑事よ』

「え?」

 もえは、隣にいる女性刑事を見た。

「もう、先輩! なんでこんないかついキャラに設定したんですか!」

「このほうが、強そうじゃないの」

「そ、そですけど……。なんか女性口調なので、違和感ありますね」

「いい? もえちゃんは、FFの世界ではいつもるんるん気分のるんちゃん。どんなことがあっても、ゲーム内ではるんるんしてなさい」

「どんな時でもるんるん気分ってなんすか?」

 唖然とした。

「あたしはいつも通りだけど」

「いや、先輩もいかついキャラにしてんだから! せめて合わせてくださいよ!」

「ちなみに、あたしのハンドルネームは、ごんちゃんだからね?」

「戦闘力むちゃくちゃありそうなのに、ペットみたいな名前なんですね……」

 唖然とした。

 FFの世界。

『それにしても。どうやって乗っ取った犯人を見つけるん?』

『そうね。個人情報を特定され、通報してきた人たちの証言によると、まずゲーム内で仲のいいグループがいて、そのうちの一人になりすまし、根掘り葉掘り掴まれたってところかしらね。それから、なにも知らない人に、かの知り合いのように突然話しかけて、親交を深めたところにスキをついた事例もあるわ』

『なるほど……。なかなか達者な人なんでしょうね』

「もえちゃん。語尾付けて?」

「は、はい!」

『ところで、このゲームはどんなゲームるん? なにをするん?』

『作り上げたキャラクター同士で交流する、コミュニケーションサイトよ。私たちは、これからいろいろなキャラとこのゲームで知り合って、コミュニケーションを取るの』

「へえー。だからメモにキャラクターの名前とアカウントが記載してあったんですね。他の人にもわかるように」

 と言って、もえはその他の刑事のキャラクターが記載されたリストを見た。

「いっしょに犯人をつかまえましょ?」

「はい!」

 敬礼した。

 ところ変わってFFの世界。

『るんるんるーん♪』

 るんは、森の中をスキップしていた。

『おいそこの姉ちゃん!』

 ミノタウロスが話しかけてきた。

(まさか! こいつが例の犯人?)

 もえは、ミノタウロスのキャラに扮した人が犯人だと思った。

『あ、ごめんなさい。もしかして、新人刑事の山波さんですか?』

「は?」

 遠くの席から、男性の刑事が手を上げて、あたりを見渡している。そして、もえと目が合うと、気まずそうにして、ぺこぺこうなずいた。

「ったく……」

 もえは呆れた。

『るんるん♪』

 森の中をスキップする、るん。

『ねば~』

 やたらねばねばしたスライムが現れた。

『うわ、きもっ!』

 思わず本音を出するん。

「どうしたらこんなキモいキャラ作れるのよ? ちょっと誰?」

 もえは、まわりに声をかけた。

「コホン! あたしだけど文句ある?」

 捜査のリーダーのキャラだった。リーダーは図体がでかく、いかつい顔でこちらをにらんでいた。

「と、とてもかわいいキャラですね!」

 あわててほめた。もえの隣にいる先輩も、苦笑いした。

「はあ……」

 もえはため息をついた。

「もえちゃん。いろいろなキャラクターがいるでしょ?」

「ですね。ほんとに見つかるんですかね、犯人」

「この捜査を始めて一ヶ月経つから、この調子だと、まだかかるわね」

「一ヶ月も!? ひえ~」

 果てしなく思えた。しかし、刑事である以上、犯人を見つけ出さなくてはならない。

「はは……。私はこの架空世界でるんるん言いながら、あと何日かかるかわからない捜査を続けなければならないの、か……」

 げんなりした。が、ゲーム(捜査)に戻った。

『あの、すみません』

 るんに、知らないキャラクターが話しかけてきた。

『はい?』

『もしかして、あなたあのるんさんですよね?』

『え? あ、はい。私はいかにもるんというキャラですが』

『やはり! あなたはこの世界でトップを誇るアイドル的存在のるんさん! よかった会えて』

『ええ? 私……るんはアイドルなのですか?』

『ええそうですよ。だって、そのかわいらしいしゃべり方に顔立ち、小さな背丈。知らない人はいません!』

「そ、そうなんだ」

 やりとりをしていて、ちょっとうれしくなるもえ。

『え、じゃあるんちゃんは、歌とかもうたえるんですか?』

『さあ? でも歌おうと思えばうたえるんじゃないかな?』

 と言って、

『そうだ! このゲームのシステムに、フレンド登録というものがありまして、するとお互いにビデオ通話で顔を見ることができるのですよ。どうです? 僕はあなたの歌が聴きたい』

『え、ええ?』

 もえは当惑した。

「どうしよう……」

『さあるんさん。あなたのすてきな歌声をお聞かせください! きっと美しいんだろうな。よっ、日本一!』

「えへへ。日本一なんて言われるとなあ。なんか、初めて会うのにほめられるとうれしいな」

 まんざらでもないもえだが、

「そいつが犯人だ」

 若い男の声が聞こえ、後ろを振り返った。そこには、先輩がいた。

「せ、先輩!」

「あら。あなたは事務室で別の案件片付けてたんじゃないの?」

 女性刑事が聞いた。

「一通り片付いたんで」

「相変わらず早い……」

 もえは、彼の仕事の速さに感心した。

「山波さん、そこどいて。僕が犯人の相手をするから」

「え?」

「必ず……」

 先輩はもえの席に座り、言った。

「しっぽを掴んでみせるからさ!」

 めったにほほ笑まない先輩が、ほほ笑んだ顔を見せた。もえは、少しドキッとした。

 FFの世界では、まだしつこくキャラクターが、るんに話しかけていた。

『ねえねえ? 歌を聞かせておくれ』

『わかりました。ではまずあなたの名前を聞かせてください。私はるんと申します』

『僕ですが? 僕はヤマトと申します。今からビデオ通話で歌を聞かせてくださるんですね?』

『もちろんです。ビデオ通話をしましょうヤマトさん』

 やりとりのあと、フレンド登録をして、ビデオ通話を始めた。

「え、先輩……。今、私たちがカメラに映っているんですか?」

「当然でしょ?」

「ええ?」

 もえは、そわそわと落ち着きのない様子だった。いよいよ犯人と対面するわけだ。

 もえたちに見える画面に、部屋が映った。

「犯人の部屋?」

 と、もえ。

「山波さん。隣座って」

「え? あ、はい」

 もえは、別件で離れている女性刑事の席に着いた。

 二人でパソコンを覗き込んでいるが、一向に犯人は姿を現さない。

「遅い……。もしかして、今このパソコンから個人情報を盗み出そうとして……」

 もえが言おうとして、

「いや、それは無理だよ。警視庁のパソコンは強いセキュリティーシステムによって守られているからね。つまり、犯人は今そのセキュリティーシステムを解くのに必死になっているんだ」

「なるほど」

「もしくは、今僕たちの会話を聞いて、逃げたかだな」

「なるほど。ってええ!?」

 驚いた。

「驚くことでもないよ。犯人は始めから警戒していたんだ。ビデオ通話をすんなりと受け入れ、通話を始めた瞬間にね」

「そうだ。わ、私犯人の部屋とかって先輩に聞きましたよね? あの時もしかすると、すでに犯人は疑っていて……」

「それも一理ある」

 落ち込むもえ。

「けど、犯人は相手と顔を合わせる前に、個人情報を盗み出していた。だから画面の前に登場するのが遅かったんだ」

「そ、それも一理ありますね!」

「うん。犯人は僕らに気づき、逃げていなければいいがね」

「犯罪者って、案外頑固な人が多いから、いやでもセキュリティーシステムを解いて、警視庁の情報を盗み出そうとしているんじゃ……」

「それも一理あるね」

 数分後、突然通信が途絶えた。犯人はすぐ目の前にいたのだと確信した。

 後日、ゲームを開発した会社に交渉の上、一時的な稼働を止めてもらった。個人情報をバラされ、金銭の窃盗に遭っている被害者のもとに訪れ、それぞれの最寄りの銀行へ出向き、とある支店にて、個人情報で偽造したキャッシュカードでお金を下ろした事案が発生。銀行マンからの話を聞き、その一週間後に、犯人は確保された。動機は、単なるお金欲しさだけだった。

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