モーニング
ひじり
モーニング
あと、一週間。あと一週間で終わる。
午後二十三時十七分。パソコンでYouTubeを流しながら、レンジの唸る音が止まるのをぼーっと待つ。
数ヶ月間、残業、残業、残業で乗り切ってきた。あと一週間でそれも終わる。
昔、「二十二時に仕事が終わってもやることなくて暇」と言っていた友達がいた。あの時は意味不明だったけど今は少しだけわかる。それくらいは仕事しかしていない。
自己啓発本が好きだ。ライフハックが好きなのだ。明確な理由はないし、読んでいちいち実践するわけでもないが、好きだ。
自己啓発本のテーマの中でも一、二を争うくらいに多いのは時間管理。今まで何冊も読んだ。時間がない、やることが多い、残業ばかり、でも自分で自分の人生をコントロールしよう、あなたにもできる。
何冊も読んできた。が、結局これだ。
この混沌たる毎日を乗り切るには、長時間労働しかないのだ。もう誰にもどうにもできない。下っ端の私はもちろん、役職がついている上司だってどうにもできない。その上の人だって何もできない。騙し騙し、もうどんな出来でもいいから「終わりました」という言葉が聞きたいのである。誰もが。
みんな頑張っていると、頑張らせていますと、言えるための理由を探しているのだ。ちなみに現状に異を唱える勇気ある発言や、しっかり働きしっかり休んで持続可能な働き方をすることは理由にはならない。決して。
一段と耳障りな甲高い音が響き、膝に手を当てて立ち上がる。ストレスが溜まると痩せるタイプと太るタイプがいるようだが、私は完全に後者だ。疲れようがなんだろうが腹は減る。熱々の容器にイライラしながら机に戻る。
いつまでこんな生き方ができるんだろう。
結婚もしていなければ子供もいない。付き合っている人もいないし、実家は遠い。自由だ。だからこそ遅くまで働いていても、こんな時間にコンビニ弁当を食べようと誰にも何も言われない。
先月、子供が生まれたばかりの友達に家に遊びに行った。リフレッシュしたくてしたくて、なんとか時間を捻出して行った先で私ができるのは仕事の話しかなかった。最後に言われた「残業しすぎちゃダメだよ」が尖ったナイフとは思わなかったけど、あったかいふわふわのお布団にも全く思えなかった。
私一人が放り出したところでどうともならないことに毎日毎日振り回されて、これができなったらさも人生終わりですと脅しを受けて、何をしているんだろう、本当に。達成感も何もない。
こんなことを考えながら食べるご飯なんて美味しくない、わけでもなく、普通に美味しい。お腹空いてたし。こう言うところが図太いのかもしれない。知らんけど。
いつの間にかさっきまでみていた動画は終わって、別の動画が流れている。前はよくみていたYouTuberの動画だ。だんだん自虐ネタが多くなってきて見るのが嫌になってみていなかった。今は動画を変えるのもめんどくさいので流れるままにする。
一人で爆食しながら視聴者からの恋愛相談に応える動画。SNSに投稿された恋愛相談が次々とテンション高く読み上げられていく。
同じ時間を生きているのにこうも考えることが違うものかと思う。きっとこの相談している人の中には同世代の人もいて、同じような時代を生きてきて、働いていて、仕事の悩みだってゼロじゃないはず。でも私とは違う世界に生きているかのよう。大袈裟だけど、本当にそう思った。
こんなふうに何かに一喜一憂したり、真剣に相談したり、真剣に答えたり、最近していないな。
『相手を好きでいるのもやめるのも自分次第だよね』
恋愛なんて不確実性の塊なわけで、コントロールできるのは自分の気持ちと行動くらいしかない。けど、それは恋愛だけじゃないかもしれない。
生きている世界は同じだけど、見ているものが、見たいものが違うのかもしれない。この違いは決定的な隔たりのように感じる気もするけど、そうではない気もするし、少なくとも私にとってはナイフのような鋭さは感じなかった。ちょっと苦目のコーヒーくらい。
恋愛相談動画は終わり、次は同じYouTuberがおしゃれなお店のモーニングを食べる動画が流れ始める。
金曜日の夜は、何かあるかもしれないけど全部断って早く帰ってきて寝て、土曜日にモーニングに行くのもいいかもしれない。プチ打ち上げだ。そのためには今週で全部終わらせないといけないわけだが。
もう日付を超えてしまった。明日も、というか今日も早めに仕事を始めないと間に合わない。
あくびをしながら立ち上がりつつ、頭の中では土曜日のモーニングの算段を立て始める。数時間後には嫌でも仕事のことを考えなきゃいけないのだ。今は好きなことを考えよう。
素直にそう思いながらパソコンを閉じた。
モーニング ひじり @hiziri_yz
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