君の人生の主役は?

ゆったり虚無

どこか懐かしい異世界

 うだつが上がらない田舎育ちの32歳。

それが俺だ。

結婚はもちろんしたことがない。

小さいころにひどいフラれ方をしてトラウマだ。

会社も転々としている。

今は3社目だ。

周りとうまくいかず、ここもやめようと思う。

今も趣味はなく、食欲もない。


 ある時、サブスクでアニメを見ていた。

たしか、凡人が異世界に行って無双するという話だ。

そのアニメを見た日はひどく疲れていたらしく、途中で寝てしまった。

物音がしたので目を覚ますとそこは見慣れない土地だった。

行きかう人々は獣人ばかりだ。

現実味のない光景に目を奪われていたら、女の子に声をかけられた。

その娘は中学生くらいの鹿の獣人だった。

制服でそう判断しただけだが。

俺は倒れていたので、太陽を背に立つ彼女の顔はよく見えなかった。


「大丈夫?」


その娘は恐る恐る、俺にそう聞いた。

俺は大丈夫だと答えながら立ちあがる。

少し足元がふらつく。

立ってから気が付いたが、その娘は大きいバケットハットを被っていた。

そのせいで、また顔は見れなかった。


 とにかく落ち着きたいと思い休める場所を探した。

少し先に行くとそこには公園があった。

どこか懐かしさを感じるその公園にはベンチが1つあり、ベンチの隣には大きな木が青々と茂っていた。

影がそのベンチを飲み込んでおり、太陽からベンチを守っていた。

俺はそのベンチに座った。


「どこに行くの?」


隣から声が聞こえた。

声の主に目を向けると、例の鹿の女の子が座っていた。

俺はここはどこかと尋ねた。


「思い出の公園。」


その娘は立ち上がりながらそう言った。


「この町を案内しようか?」


俺はその言葉に甘えることにした。


 獣人たちは各々、好きな服を着ているようだった。

俺は詳しくないが、民族衣装を着た人や現代のラフな格好、着物にマハラジャを被ったような人までいた。


「ここの店のたい焼き、おいしいんだよ。」


その娘は2匹たい焼きを買った。


「ん。」


自分は1匹を頬張りながら、もう一方を俺に渡してきた。

俺は感謝の言葉を口にしながら、ありがたく頂戴した。

それにしても、たい焼きって…

もう少し、珍しいものがよかったかも。

たい焼きはなんだか懐かしい味がした。


 町の建物はどれも西洋風だった。

やっぱ異世界なのかな?

俺はそんなことを考えながら、女の子の後ろを歩いていた。


「次はここ。」


女の子は、とある店前で歩を止めた。

そこは駄菓子屋だった。

周りの建物の外観とはかけ離れたその店は、いかにも老舗といった雰囲気だ。


「はい。」


女の子はラムネを一本、俺に押し付けてきた。

助かった。

たい焼きで喉が渇いていたのだ。

俺と女の子は店先で座り、ラムネで乾杯し一気に飲み干した。

懐かしい味だ。


 この町で目が覚めた時にはまだ明るかったが、もう日が傾き始めていた。

相変わらず俺は女の子の後ろをついて歩いている。


「最後はここ。」


そこは最初に行った公園だった。


「ねぇ、君はずっと気がつかないままだったね。」


その女の子はこちらに振り返った。

背後には太陽があり、顔はやはりよく見えなかった。

茜色の背景に立つその女の子は、少し悲しそうに見えた。


「ばいばい。」


少女はそう言い残し、また俺に背を向けて駆け出した。

彼女が顔を前に向ける瞬間、バケットハットが影になって彼女の顔が見えた。

全部思い出した。


 少女が公園を飛び出した瞬間、トラックが突っ込んできた。

俺の体はもう動いていた。

まるで何が起こるか分かっていたかのように。

全力で少女に走っていき少女を突き飛ばした。

俺はそのままブレーキができず転んでしまった。

そんな俺の顔を、少女が…

由美がのぞき込んでいた。


「思い出したんだ?」


 そう、由美は俺の幼馴染だ。

中学校の帰り道、いつも2人で一緒に帰っていた。

ある日、俺は一大決心をして告白しようと思った。

その時のデートコースは洒落たものじゃなかったな。

なんせ田舎だったから。

夏休みのある日、公園で昼頃に待ち合わせをした。


「今日もあついね。」


由美はベンチに座りながらそう言った。

その時の由美は補習の帰りらしく、中学校の制服を着ていた。


じゃあ行こうか。


俺はそう言い、歩き出した。

日差しはとても強く、制服の由美はとても暑そうだった。


これ、かぶってなよ。


俺はそう言って、自分がしていたバケットハットを由美に被せた。

気のせいか、由美は顔を赤くしていた。


小腹が空いたので俺と由美はたい焼き屋に行った。


そして、喉を潤すために近くの駄菓子屋でラムネを買った。


俺はこの後の告白の緊張を紛らわせるために、一気に飲み干した。

口の中では炭酸が弾けた。


ちょっと公園にいこうか。


俺はそう言い、由美の前を歩いた。

町は夕日を浴びていた。


 公園についた。

俺は由美の方へと振り返り、彼女を見た。

夕日が彼女を照らし出し、茜色に染め上げていた。


由美、お前が好きだ。


俺は緊張しながらそう彼女に伝えた。

彼女はとても驚いた顔をして、すぐ顔を背けた。

そして、俺に背を向けて走り出した。

公園の出口。

彼女が飛び出そうとしたとき、トラックが公園に突っ込んだ。


全部、思い出した


 俺は後悔と自責の念に押しつぶされた。

あの時、告白をしなければ由美は…


「私も好きだった。」


由美が、俺の顔をのぞき込みながらそう言った。


「あの時、私は舞い上がったんだ。」


これは夢だ。


「でも、何も声が出なかった。」


都合のいい夢だ。


「私ね。嬉しかったんだよ?」


由美は顔を涙で濡らしながらそう笑った。


「だから、自分を責めるな!あれは事故だったんだ。」


由美はそう言って俺の手を引っ張った。

気が付いたら、俺はあの時と同じ背格好をしていた。


「私はね、いつも前を向いて自分の道を歩く。そんな君が好きだったんだ!」


俺は立ち上がった。


「歩け!私の好きな君はそういう男だった!!」


由美はそう言って俺の背中を叩いた。


一歩、前に歩く。

少し視界が白くなる。


また一歩、もう一歩と歩く。

どんどん視界が白くなる。


後ろから声がした。


「この帽子、嬉しかったよ!」


立ち止まり由美を見る。

由美の顔は、白くなる視界の中でも分かるくらい茜色に染まっていた。


俺は手を振り、前を向いて歩いた。


視界が白くなる。




 そこは病院だった。

どうやら俺はアニメを見ている途中で倒れたらしい。

医者からは栄養失調だと言われた。

2日後には退院できた。


 俺は由美の墓前にいた。

持っていた花をお供えし、手を合わせた。

目を開け立ち上がる。


背中を茜色に染めながら、俺は歩く。


帰りにたい焼きとラムネでも買うか。


そう思いながら歩いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の人生の主役は? ゆったり虚無 @KYOMU299

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説