第4話 道を守るもの

「巌殿神社は火の神と土の神を祀り、開運や五穀豊穣、商売繁盛のご利益があるといわれています」


 大鳥居近くの大きな案内板にはそう書かれていた。

 それは参道の一番奥に鎮座する本殿に祭られた神々であり、そこに到達するまでの道のりは長い。


「こんなところにお社はなかった気がする……」

「新しいな。ここ、七福神の像とかも明らかに後付けだし、何かの分社でも来るか?」


 岩盤をくりぬいたような通路の手前に小学生が両手を広げたくらいの大きさのお社があった。キミカズも覚えがない上にまだ何も入ってません、みたいな感じは明らかなのでこれから何かしらとなっていくのだろう。

 そこからはまるでお社に入り口が守られるような一枚岩の通路に足を踏み入れる。


「ここは、すごくパワースポットっぽい」

「ぽいっていうだけですごく自然的ってことだよな?」

「うん、そう」


 人は大自然に接すると、大体何かパワーを貰えそうだと思う。間違ってはいない。直感的な自然に対する敬意だろう。実際、巨木にせよ岩にせよ、人間より遥かに長くそこに存在しているのだから、敬意を抱くのは良いことだ。


「前に来た時は工事中だったよ。何が変わってるって訳ではなさそうだけど……」


 一枚岩は左手の岩盤から頭上に伸びている箇所もある。足元は石畳なので先人が掘ったのかどうかはよくわからないが、数十メートルある通路の終わり頃にも小さなお社があった。

 『賽の神』。

 左手の岩壁がくぼんだ場所に設置された看板の奥、三方を岩に囲まれる形でその社は東を向いている。


「前来た時もここにお参りしたんだけど……してもいい?」

「どうぞ」


 そこであまり足を止める人はいない。看板に書かれた説明文というのは意外と読まれないものだ。

 大きな神社でも大体の人がこれは何とかあれは何と理解しないまま、参拝は行われる。不思議なことに。

 正直、そこに「何か」がいてそれに対して手を合わす行為自体が大事だとは思うので、細かいことを気にしないところは日本人らしくて良いとは思う。

 忍が手を打つと、パンパンと小気味よい音が岩壁に反響した。

 それなりに静かに手を合わせるのを待って、キミカズも参拝する。


「案内板、読んだ?」

「辻の神様でしょ? 疫病とか災いが入ってこないように境界に置かれる。わざわい避けって。素晴らしいご神徳だと思わない?」


 万難が排される=あるいみ万能というスバラシイ解釈だ。実はここもパワーのある場所だという記載もネット上にはちらほらみかける。それが真実なのかは敢えて触れない。


「でも辻の神様がどうして辻でもない場所に配置されてるんだろうね?」

「旅の神様でもあるからな。むかしはこんなに道も整っていなかっただろうし道中の安全のためかもしれない」


 そのすぐ先は小さな滝をまたぐ朱色橋。

 行者渓、と書かれていて岩壁がなくなった左手を見上げると巨岩が小さな滝の左右から支え合うように霧に撒かれる天に向かってそびえている。名前の通り修験者たちが修業をした場所だと言われていて役小角えんのおづのの伝承も残っていると書かれていた。

 大杉、天を衝く数多の巨岩、渓谷。参道が整備されていなければ確かにここは修験道にふさわしいスポットだろう。

 湿度が高い場所だが進むほどに空には霧が巻いて見える。


「東京とは思えない」

「実際1時間半かかっているから……東京駅から名古屋まで行ける距離」


 距離的にはもっと近いが、時間的な感覚だ。それくらい「遠い」ということでもある。

 御堂が板で封鎖された東面堂辺りに来ると忍はあまりあたりを見回さなくなっている。左手には切り立つ断崖。石段を上がる右手の峡谷は遥か下方になっている。

 そこまで来るとキミカズに見えているのは「大物」だ。というかむしろ「それ」しか見えない。

 民間信仰で龍神と呼ばれる「それ」。

(さすがにこれは言っても……喜ぶか?)

 何が存在するのか知ったところで見えなければ、というのは正直ある。龍神というのは突飛すぎてさすがに忍でも信じがたいのではとひっかかる。

 見えてきた朱色の屋根は手水舎で、その右手には見事に細く長く落ちる「瓶子滝みすずのたき」。

 大鳥居を通った直後の川向こうまでの距離は跨いででも渡れそうだったのに、今やその距離は数十メートル向こう側だ。

 落差は更にそれよりあるので、悠然と龍が空を渡っていても十分な広さというわけだ。


「キミカズ、何か見えるの?」

「あーうん、滝が結構高いなって。忍はあんまり足止めなくなったな?」

「……よくわかんないけど、特に何かいるっぽい感じがしなくなった」


(……この子、センサーけっこう強いんじゃないか?)


 と思う一方で、あの大物は何もひっかかってこないようなので残念だとキミカズはいつのまにか滝の方から更に山頂に向かって上昇していった青い龍の尾をちらと見た。

 そうなのだ。この辺りには「何もいない」。

 正しく言えば土着のものの気配が消えた。

 まるでここから上は決まった神様の居住区。と言わんばかりに。

 手水舎の湧き水で清めそこからは普通の神社のように、普通に石段を登っていく。

 といっても結構長い。というか標高が一気に上がっていく。

 樹齢千年の二股に分かれた大杉と神幸殿みゆきでんを一目に収め、眺める。これはふつうに建造物として。


「神幸殿って何?」

「神輿が出るところ」

「めっちゃ急な階段なんですけど。上も階段なんですけど」

「石垣、プチ清水の舞台だしな。どうやって出してるんだろうな」


 人海戦術以外の何者でもないだろう。しかし屋根から垂れ下がっている数本の銀の鎖は気になる。

 そんな観光客的な会話を繰り出しつつ木造の門をくぐると広い砂利の道に出る。お百度石があり、更に左に階段が続いている。


「階段昇降必須のお百度参り……建物見えてきたけどまだ遠いし、むしろごく一般的な神社だと」

「お百度石なしで百回参拝するのと大して変わらなそうだよな」


 何にでも救済措置は講じられるものだ。仏教であればお経の詰まった輪蔵を回転させればすべてそれらを読んだことになるし、神社の場合は願いをかなえてもらうために鳥居から100回参拝する代わりに、お百度石からスタートすればOKということになっている。

 ここのお百度参りは高低差があるだけに難易度が高い。


「お願いを叶えて欲しければそれなりの苦難を乗り越えよと」

「今のところ自分で叶えられそうなお願いしかないから、遠慮しとく」


 慎ましいことだ。先ほどまでの巨岩が小さく見えさえする見上げるほどの鉾岩ほこいわを背景に双龍門をくぐる。

 彫刻が立派で名前の通り開いた四枚の扉にそれぞれ文様化された龍が配されているが、よく見るといたるところに龍も居り、麒麟、蜃、獅子、鳥、と相当に手のかかったものに見える。

 忍が通り抜けた先の頭上にある獅子をふいに見上げた。

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