夜は始まるものなのか、訪れるものなのか、始めるものなのか、迎え入れるものなのか。夜に対しての感じかたを、さまざまなひとに聞いてみたい。かくいう自分は、夜は重く背後から迫ってくるものに感じる。どろりと、重い液体のように、じわじわと迫ってくる。周囲の空気を飲み込むように、確実に迫ってくる。自分も飲み込まれることもあれば、自分だけを通り過ぎ去っていくときもある。自分だけを避け、通り過ぎ去るそれを感じる時は、たいていは楽しい夜なものだ。友人と会い、お酒を飲み、どうでもいい話に花を咲かせ、ご機嫌で外を歩く。背後にはなにもなくなり、軽い気持ちで明日を迎え、夜なんてなかったかのように明るい日差しを浴びる。通り過ぎ去っていく夜は、確実にそこに存在はするものの、自分を飲み込まないし、その時は感覚すら感じない。しかし、飲み込まれたときはそうはいかない。

 飲み込まれる。長く暗く、重たく生ぬるい感覚に、全身を包まれる。それだけでなく、首の後ろから脳天に向かって、隙間を縫って入り込んでくる。思考までもが夜に侵略される。頭が重くなる感覚。夜を意識しないことを、許してはくれない。しかし、それが意外と、悪くはない。

 夜の生ぬるさが、日中の疲れでこわばった頭を徐々に溶かしていく。こわばっていた部分が液状になり、重力に逆らうことなく、下に溜まっていく。おのずと、上側に空間ができる。頭の先が、軽くなる。悪い心地はしない。脳天に直径10cmほどの穴があいてくる。蒸発するように、記憶する必要性のない情報や、嫌な思考たちが、その穴から飛んでいく。ここまでで終われば、なんともストレスフリーな話だ。しかし、隙間は埋めたくなるものだ。

 みぞおちあたりから、重く固い槍のようなものが突き上がってくる。新しい、嫌な思考だ。喉をつたい、口から出そうになり、慌てて飲み込む。押し戻せたと思ったのも束の間、一気に頭の先まで突き上がる。この槍が、人間を眠らせない。

 眠れないほどに考え込む。その時間は、辛く長い。どこかで区切りをつけたくなるものの、うまくいかずに重たい夜を背負ったまま、今日を迎える。大抵の人は、この状況を好まない。彩度が高すぎず低すぎない、まあるい日々を送りたいから。しかし自分には、その程よい彩度の穏やかな日々が、永遠と続きそうな、濁った円に見える。なぜそう見えるのか、理由ははっきりしている。自分は、トゲトゲが好きだから、です。

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