ワンナイト

ユウ

ワンナイト 序章

Black Night

プロローグ


 あたしが住むこの界隈かいわいは昔からガラが悪いと有名だった。



 でもあたし達地元の人間は大してガラの悪い地域だと思った事はない。



 そう言われるのは環境に原因があるんだと思う。



 昼も夜も街は明るい。



 昼は陽の光、夜は電飾の光。



“眠らない街”という言葉があるけど、この街にはその言葉がぴったりで、あたし達の街は常に賑わっていた。



 そんなあたし達の街で有名な“獣神じゅうしん”。



 この界隈でその名を知らない人はいない。



“獣神”は一般的には“暴走族”と呼ばれているものの、そのり方はそれ以上のもので、それは最早“組織”と呼べるものだった。



“獣神”は“野獣”という暴走族チームが率いる狂喜連合に属している。



 何故“獣神”が二番手に甘んじているのかは分からない。



“野獣”の配下にある事を本当に不思議に思う。



 そう思うのはこの界隈を仕切っているのが“獣神”だからで、あたし達からすれば“獣神”以上に強い組織が“この世界”にあるとは思えず、ここで生活する誰もがその力の大きさを知っているからだ。



“獣神”は“Black Night”というダーツバーの地下を溜まり場としている。



 そのダーツバーは“獣神”の資金源となっている店で、そこに出入りする人間は性質たちが悪いのが多い。



“獣神”の頂点にいるのは“ヤシマ”という人で、その人はこの界隈の人間に「化け物の再来」と言われている。



 それがどういう意味なのか、どうしてそう言われているのかあたしには分からないけど、皆がヤシマさんに一目置いているのは明白だった。



 そんな異名を持つヤシマさんはとても優しい人で、何度か話した事があるその印象はとても柔らかい物腰の人。



 あたし達のような人間にも丁寧に敬語で話し掛けてくれるその人柄に、“ヤシマ”という人間の素晴らしさを垣間見た気がした。



 あたしが“獣神”やヤシマさんに関して詳しいのは、あたしの彼氏が“獣神”の一員だからで、彼氏は下っ端ではあるもののヤシマさんと会話を交わすくらいの距離にはいる。



 あたしが抱く印象とは対照的に、ヤシマさんを取り巻く噂は悪名高いものばかりで、その中でも女癖の悪さについてのものは相当のものだった。



 特定の彼女は作らず、同じ女を二度とは抱かない。



 たった一夜限りの関係で、連絡先を聞く事も教える事もない。



 その噂が本当の事だと知ったのはヤシマさんと初めて会ってから数ヵ月後の事で、実際に毎日のように違う女とラブホテル街に消えていく姿をの当たりにして少しショックを受けた。



 そのショックはヤシマさんに対して恋愛感情があるからな訳じゃなく、いい人だと思って憧れていた気持ちが裏切られた気分になったからで、それから少しの間はヤシマさんに会わないようにした事を覚えている。



 ヤシマさんがどうして女癖が悪いのかは分からないけど、ずっとそうだったらしい。



 だから今更それに対してその理由を追及しようとする人はいない。



 そんなヤシマさんに彼女が出来たと聞いたのは、梅雨に入った頃だった。

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