第24話暴走

ガルムが目を開けた瞬間、体が爆発するように力を得て、意識が戻った。だが、正気ではなかった。周囲の風景が歪み、地面を蹴ると同時に驚異的な速度で遠くへと飛び去っていった。彼の動きはまさに風のように速く、何者にも追いつけない。


「ガルム!待て!」


龍妃が叫んだが、彼の影はすでに遥か彼方へ消えていた。龍菜もまた、急いで追いかけようとするが、その速さには追いつけない。


「どうしてこんなことに…オロチの呪いか…」龍妃は苦々しくつぶやいた。


ガルムの力は暴走していたが、彼自身の意思とは無関係だった。彼を止める術はなく、龍妃と龍菜はただ、その行方を見守るしかなかった。ガルムが山頂に立った瞬間、血のような赤い瞳が不気味に光を放っていた。彼の口元がゆっくりと歪み、やがて低い笑い声が響き始める。


「ハッ…ハッハッハッハッハ…」


その笑いは次第に大きくなり、狂気の混じった響きが山全体に反響した。天龍は不気味に目の前の男を見据えるが、その姿に恐怖の色がわずかに浮かんでいた。


「来い、ガルム!ここが貴様の終わりだ!」


天龍は怒りの叫びを上げ、強靭な雷を浴びせたが、ガルムはその雷に動じることもなく、ただ笑い続ける。


「ハッハッハッハ…」


言葉を発すると同時に、ガルムは一瞬で天龍の胸に飛び込み、凄まじい勢いで拳を叩き込んだ。天龍の巨体が瞬時に崩れ落ち、その瞳から力が失われていく。


「ハッハッハッハ…」


ガルムは勝ち誇ったように笑い続けながら、天龍の倒れた体を見下ろし、言葉ではなく、狂気に満ちた笑いだけが漏れ出す。気絶した天龍の巨体に近づいたガルムは、呻き声を漏らしながら、そのお腹に鋭い爪を立て、一気に切り裂いた。天龍の血が溢れ出し、ガルムの手を赤く染める。


「ハッ…ハッ…ハッハッハ…」


そのまま、天龍の血と肉を掴み取り、狂った笑い声を上げながらむさぼるように食べ始めた。ガルムの狂気に満ちた笑い声が山全体に響き渡る中、龍妃は冷ややかな視線を彼に向けた。そして、ためらいもなく、手を一閃させる。瞬間、空気が引き裂かれたかのように、巨大な力がガルムを襲った。ガルムの体は宙を舞い、崖の向こうへと吹き飛ばされる。大地が揺れ、岩が崩れる音が鳴り響く。


「龍菜、天龍の手当てを」


龍妃は冷静に命じ、龍菜はすぐさま天龍の元へと駆け寄った。彼女は急ぎ天龍の傷を見て、丁寧に手当てを始める。天龍の巨体が微かに動いているのを確認し、龍菜はほっと息をつく。


「天龍様…もう少しです、どうかお待ちください…」


その時、吹き飛ばされた方から再び不気味な音が響き始める。岩の隙間から、ガルムがゆっくりと立ち上がってきた。傷つきながらも、まるで痛みなど感じていないかのように、彼の口からは狂気じみた笑い声が漏れ続ける。


「ハッ…ハッ…ハッ…」


ガルムは笑いながら体を揺らし、龍妃の方へ向かって歩みを進める。彼の瞳は不気味に輝き、その姿はまさに制御不能の化け物そのものだった。龍妃は冷静にその姿を見据え、再び構えを取った。


両者が睨み合い、戦闘態勢に入った瞬間、空気は一気に張り詰めた。緊張感が山頂全体を包み込み、次の激突が迫っていることを誰もが感じ取っていた。ガルムは不気味な笑い声を響かせながら、一撃を放とうとしたが、龍妃は冷静にそれを受け止めようとした。しかし、その瞬間、ガルムは逆に彼女の手を掴み、圧倒的な力で握りしめた。


「ハッハッハッハッハ…!」


ガルムの笑いは止まらず、その狂気に満ちた目は、掴んだ龍妃を完全に支配しようとしているかのようだった。彼はさらに力を込め、龍妃の小柄な体を軽々と持ち上げた。


「……!?」


一瞬の驚きが龍妃の顔に現れた。次の瞬間、ガルムはそのまま圧倒的な力で彼女を投げ飛ばす。龍妃の体は空中を舞い、岩肌に激しく叩きつけられた。崩れた岩が飛び散り、粉塵が舞い上がる中、ガルムは狂ったように笑い続けた。ガルムは龍妃に近づくことなく、掌に力を込め始めた。その手から、先ほど取り込んだ天龍の力が静かに湧き上がり、やがて青白い雷が彼の掌から溢れ出すように光を放った。狂気に満ちた笑いを漏らしながら、ガルムはその雷を龍妃に向けて放った。


「ハッハッハッハ…!」


雷の閃光が一瞬で龍妃を包み込み、轟音が大地を震わせた。龍妃は身動きすることなく、その雷をまともに受けてしまったが、すでに守りを固めていた彼女は、意外にも軽傷で済んでいた。周囲に火花が散り、地面が焦げる中、龍妃は静かにその場に立ち続けた。


「……」


彼女の体にはいくつかの焼け跡が見えたものの、その冷静な表情は崩れていない。雷の力を完全に無力化できなかったが、彼女は依然として次の動きに備えている様子だった。起き上がり構えた次の瞬間、彼女は「お返しだ」と小さく呟き、全力で龍撃砲を放った。


巨大なエネルギーが一気にガルムへと向かっていくが、ガルムはあっさりとその攻撃を避け、まるでそれを見越していたかのように笑みを浮かべた。次の瞬間、ガルムは同じ技をそっくりそのまま龍妃に浴びせ返した。


龍妃はすぐに防御体勢を取り、何とか攻撃を防ぐものの、その力は強力で、彼女の体が吹き飛ばされ、空中に舞った。地面に叩きつけられそうになる瞬間、ガルムは素早く追い詰め、伸びた爪を振りかざし、一気に龍妃を切り裂こうとする。


だが、それこそが龍妃の狙いだった。ガルムの爪が迫る直前、彼女は瞬時に構えを直し、その爪を鋭く弾き返した。ガルムは一瞬バランスを崩すが、その時にはすでに龍妃の拳が彼の腹部に突き刺さっていた。


「龍撃拳!」


その一撃は本気だった。ガルムの体は宙に舞い、今度は彼自身が大きく吹き飛ばされた。大地に激突したガルムの体が砂埃を舞い上げ、静寂が一瞬訪れた。一方、ガルムの内部では、アエリオンの意識がぼやけ、狂気に満ちた感覚が広がっていた。


「なんか、俺じゃない気がする…」


彼の思考は混乱し、自分の意識がどこか別のものに侵食されているように感じていた。スレイアも同様に意識が混乱しており、二人はお互いに言葉を交わす。


「僕も一緒だ。どうにか抑えたいが、外の様子もわからない…暴れ回ってないか?」


「抑えられるのか、スレイア?」


「無茶を言うな。君が操っているんじゃないのか?」


「いや、俺じゃないというか、意味がわからない。どうにか止めないと…」


視界がぼやけ、状況がつかめない。焦りが募る中、ガルムは動けないはずなのに、また起き上がろうとする。その瞬間、龍妃は見逃さずに龍撃砲を3発放った。


轟音と共に、衝撃がガルムを襲い、彼の体は再び地面に叩きつけられた。完全に動かなくなるガルムを見つめ、龍妃は思わずつぶやく。


「終わったかな…?」


しかし、その直後、途方もない気迫が背後から迫ってくる。振り返ると、そこにはオロチの姿があった。


「あら?面白いことしてるじゃない?私も混ぜてくれない?」


彼女はその場に立ち、冷ややかな視線を向ける。龍妃は心の中で警戒しつつ、オロチに言葉を返す。


「今はそのような時ではありません。」


龍妃の拒否に対し、オロチは一瞬不敵な笑みを崩すことなく、再びその身体を低く構えた。彼女は本能的に、今がどれほど危険な状況かを感じ取っていた。


「避けられないと、どこかで思っているんでしょ?」


オロチはそのまま構えを取る。周囲の雰囲気が変わり、龍妃は心の中で不安が高まる。彼女が戦うべき相手は、強大な力を持つ存在だ。その直感が、今すぐにでも動かなければならないことを告げていた。オロチと龍妃が対峙する中、静寂を破るように戦闘が始まった。二人は一瞬の間に間合いを詰め、互いに軽やかな動きで攻撃を仕掛ける。


「ハッ!」


オロチが素早く手を伸ばし、連続で打撃を繰り出す。龍妃はその攻撃を冷静にかわしながら、反撃の隙を狙う。彼女の体はしなやかに動き、次の瞬間、オロチの手数に対抗するかのように、彼女もまた連続で打撃を返す。


「受けてみなさい!」


互いに軽快な音を響かせながら、手数が交差する。オロチの攻撃が龍妃の身体をかすめ、同時に龍妃もオロチの腕に一撃を与える。二人の力は互角であり、まるで軽やかな舞のように見える。


「今度は…!」


次の瞬間、オロチが上段蹴りを放つ。龍妃もすかさずそれに応じ、同じく上段蹴りを繰り出す。二つの足が空中で激しくぶつかり合い、相打ちとなる。衝撃が二人を後方へ弾き飛ばし、地面に足をつくと、すぐに次の動きに備えて構えを取る。龍妃はふと冷静に周囲を見渡した。彼女は疲れを感じさせず、余裕の表情を浮かべている。


「私としては、まだ本気を出していませんよ、オロチさんもまだ全盛期に戻っていないようですし、撤退したらどうですか?」


その言葉にオロチは一瞬驚いたが、すぐに不敵な笑みを返した。


「本気を出していない?面白いことを言いますね。でも、あなたがそんなに楽に倒せると思っているのは、ちょっと甘いんじゃない?」


言い合いながらも、二人は同時に次の攻撃を考えていた。互いにその動きを探り合い、どう攻撃を仕掛けるか、隙を伺っている。瞬間の判断が勝敗を決する戦場において、彼女たちの視線は鋭く、気を緩めることは許されなかった。


「行動を起こさねば…」


龍妃は心の中で決意を固め、オロチの動きを警戒しながら、次の瞬間に備えて構えを取った。オロチもまた、彼女の反応を見逃さず、計算し尽くした一手を準備している。オロチは素早く足払いを仕掛けたが、龍妃は軽やかに空中に飛び上がり、その攻撃をあっさり避けた。彼女は即座に反撃のチャンスを見逃さず、足払いの態勢から飛び込んでオロチの首を掴み取った。


「龍殺圧!」


彼女は強い力で首を絞める。オロチは苦しむが、瞬時に状況を理解しなければならなかった。だが、龍妃はそのまま強力な「龍雷砲」をオロチに向かって放った。雷が轟音とともに発射され、オロチはその力に吹き飛ばされる。


だが、オロチは片膝を付いただけで、ダウンすることはなかった。


「へぇ…あの状況でその技使うんだ…一方間違えたら死んでたな…」


オロチは冷ややかに笑いながら立ち上がる。彼女の表情には余裕があり、再び挑発的に言葉を返す。


「だから馬鹿にしないでって言ってるでしょ?私はまだ本気を出してませんよ。」


その言葉が二人の戦闘の行方をさらに緊迫させる。その時、ガルムが目を覚ました。視界が徐々にクリアになる中、彼は周囲の状況を把握し始める。彼の心には混乱が走った。


「こいつはまさか、龍の肉体を持っていたのか?」


その言葉が、龍妃の方に向けられた。彼女は静かに頷く。


「ええ、継承の儀をしたので、龍の肉体を持っています。」


「だからか、私はとんでもないことをしてしまった。」


ガルムが思い出したように言葉を続ける。龍妃の目は真剣だ。


「あなたが血を飲ませたことに気付いたので、完全に回る前に首を切り裂いたのですが、手遅れでした。だから今は、なんとか元に戻したいと考えています。」


「生かしておくと、私たちにとって脅威になるぞ?」


「でも、生かしておかないと、もしギーガさんが来た時にどうしますか?」


その言葉に、ガルムは攻撃しようとしたが、どちらに攻撃するかを悩んでいる様子だった。


「いっそ、力を封じる腕輪を両手首に付けるのはどうだ?ギーガが来ても気づかないし…」


「それはいいですね。では取って来ます。」


その瞬間、龍妃は言いかけた言葉を途中で止める。「大丈夫、私が持ってるから。」


彼女の表情に不安が交じる。「なんか胸騒ぎがして、すごい気迫を感じたから来てみたんだけど、持って来といて良かったよ。」


「じゃあ、二人同時に腕輪を付けましょう。」


その言葉を聞いた瞬間、龍妃とオロチはガルムに向かって一気に攻撃を仕掛けた。同時に動くことで、ガルムは混乱してしまい、二人の顔を交互に見るだけで何もできなかった。その隙をついて、オロチがガルムの腕を押さえた。


「龍妃、今がチャンスよ!」


「わかってます。」


龍妃は素早く腕輪を両腕に装着すると、ガルムの赤黒いオーラが消え、瞳が徐々に元の色に戻っていった。


「良かった、収まった。」


「そうね、良かった…ただ、龍の肉体に私の血が混ざった事で、確実に究極の生命体に近づいたって事だから、警戒しないと。」


「わかってますよ。彼を拘束してでも、力を抑えつけないと。」


オロチは軽く息をついてから、微笑みを浮かべた。


「龍妃、今日は疲れたから帰るね。あんたとの戦いはまだ早そうだし。」


「私も疲れました…久しぶりにあんなに戦いましたよ。」


「お互い、全盛期には戻れないし、もう少しの辛抱ね。」


「はい、そうですね。」


「じゃあ、さよなら〜。」


オロチは姿を消し、龍妃はガルムを担いで龍菜と天龍の元へ向かった。


「無事でしたか?」


「もちろん、大丈夫です。」


「天龍さんは?」


「もう大丈夫です。傷口を塞ぎましたので。」


「それなら良かったです。さて、帰りますか?」


「はい、そうですね。帰りましょう。」


龍妃と龍菜は、ガルムを担いで里に向かって歩き出した。冒険者ギルドの前、街の喧騒が少し遠くに聞こえる場所で、アイリスたちはルリと合流していた。ギルドの建物が背後にそびえ、冒険者たちが行き交う中で、ルリは少し驚いた表情を浮かべていた。


「結局、試練は終わったの?」とルリが尋ねると、アイリスは笑顔を見せて答えた。


「はい、三人ともパワーアップしましたよ〜!」その言葉に、ララも嬉しそうに笑い、「私も何かスッキリした感じ!」と付け加えた。


「そうなんだ、なんか雰囲気変わった…?」ルリは少し戸惑いながらも、仲間たちの様子に驚きを隠せなかった。さらに、突然ヴィスティーがララとルリを抱きしめたので、ルリの混乱はさらに深まった。


「え…ヴィスティー、何の真似?」とルリが驚くと、ララはヴィスティーの胸の中で小さく喉を鳴らしていた。


「いや、あんたは何で喉を鳴らしてるの?猫みたいに…」とルリが呆れると、ヴィスティーは二人に向かって「いろいろとごめんね〜」と謝った。


「え?何のこと?」とルリが問いかけるが、ヴィスティーは少し考えながら答えた。「私もよく覚えてないんだけど、どうも二人に酷いことをしていたみたいで…」


その言葉を聞き、ルリは何かを感じ取ったものの、「思い出せないなら、ちゃんと思い出してから謝ってよ」と軽く言うに留めた。


その場は少し和んだが、ルリとヴィスティーの間にはまだ何かが残っているように感じられた。一方で、ララはいつの間にか眠り始めていた。


「ララ!こんなところで寝ないで!」とルリが声を上げると、ララは目をこすりながら「うみゃ?」と小さく呟いた。


「ふふ、じゃあちゃんと思い出したら、その時は改めて謝りますね〜」とヴィスティーは言いながら、先頭を歩き始めた。


ルリは静かにため息をつき、「結局、私だけが成長できなかったのかな…」と自分を責めるように呟いた。


その言葉を聞いたアイリスはルリに近づき「ルリさんも一緒に来ませんか?ガルムくんのいる所なら、きっと成長できるかも!」と優しく提案した。


しかし、ルリはしばらく考えた後、「うーん、やめとくよ。ヴィスティーとララを二人にするわけにはいかないから」と首を振った。


「じゃあ、ここでお別れですね。でも、パーティ登録だけしときましょう!何処かでまた会えるかもしれないし。」アイリスは冒険者ギルドに向かい、手続きを済ませると、笑顔で手を振った。


「じゃあ、またどこかで。」


三人はそれぞれの道を進むために別れ、アイリスはガイドを探し始めた。やがて、ガイドを見つけるとアイリスはお願いした。


「ガルムくんのいる世界に戻りたいんです。」


「分かりました、前の世界に戻りましょう。」ガイドはアイリスをガルムのいる世界へと案内し、アイリスはその後、再び龍の里へと向かって歩き出した。


道中、ちょうど龍妃たちが里に戻ろうとしているのを見つけ、アイリスは懐かしそうに声を掛けた。


「龍妃さん、久しぶりですね!」


龍妃たちとの再会を喜びながら、アイリスはガルムの姿を探した。すると龍妃に担がれたガルムを見つけた。

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