第27話 嫌われたら構ってしまうタイプの人
合同訓練のプログラム一週間だ。参加者の寝床は本部の西棟に用意されている。
私は食堂で夕食を取った後、自室へ向かう廊下を歩いていた。窓の外の夜空に月は出ていないが、敷地外の街の灯りと星が輝いている。
散々運動した直後とはいえ、少し食べすぎたので、部屋に戻ったら体を動かそうと思う。食事量を管理できなかったのは私自身の落ち度ではあるのだが、食堂の方も悪いと思う。全品おかわり自由だなんて、そんなのだれでも食べすぎるに決まっているのだ。たくさん食べてたくさん動けということなら、確かに合同訓練の食堂としては理想なのかもしれない。
私は、鍛えるのを習慣にすることにした。別にセンから言われたことを忘れたわけではない。
センは、鍛錬で制約が変化することは無いと言っていた。制約は、変化しない。ということは、本来の実力の方は変化するのではないか。つまり、レアの強さがあるからと言って、私が怠けていると、どんどん弱くなっていってしまうかもしれない。
そんな事態は何としても避けなければならない。それに、たとえこの仮説が間違いで、私が鍛錬しようがしまいがレアの強さに変化がないとしても、私はもう鍛えずにはいられない。自分だけなにもせず、ただこの強さを享受してふんぞり返るのは嫌なのだ。
とはいえ、体を鍛えるのは初めての経験だから、わからないことだらけだ。
レアは、どんなトレーニングをしていたのだろうか。どんなものを食べて、どんな風に強さを維持していたのだろうか。
「は」
歩きながらあれこれ考えていたら、前方から聞き覚えのある声が微かに聞こえた。声の主はまるで、最初見下していた気に入らない人物が廊下の向こうから歩いてきて道を開けるのも癪だからとりあえず睨んでいるときのような顔で、私を見ていた。
直後に舌打ちまでした。しかし、ロイドは何も言わない。初めて会った直後の彼なら、二言くらい小言を挟んできそうなものだが、模擬戦をある程度終えてからは、彼はイラ立ちの目線を黙って私に向けるだけになってしまった。
思い返せば、模擬戦第一試合終了後、私以外の三人の空気は沈んでいた。対戦相手二人は、負けたのだから当然として、ロイドくんは過程のほうに満足がいっていない様子だった。ウズネのフェイクに引っ掛かりすぎたことと、散々見下していた私に助けられた形になったことが堪えたのだろう。
その時の私はそっとしておいた。なぜなら、あれはたまたまうまくいったに過ぎないからだ。事実、そのあとの試合は半分くらい、私のせいで負けている。
それがさらにロイドくんの癪にさわったようで、何戦か終えてからはずっとこの調子である。
「今から食堂?」
目の前で立ち止まり、そんなことを聞いてみる。食堂はあと一時間しないくらいで閉まる。
「だったらなんだよ」
「もしかして、今まで鍛えてた?」
ロイドくんは制服姿ではなく、騎士団支給の黒インナー姿だから、模擬戦の後一人でトレーニングしていたのだろう。盛り上がった特殊繊維から、なかなかに素晴らしい筋肉が見て取れた。
「あんたには関係ないだろ。足手まといは自分の心配だけしてろよ」
「自分の心配のために、鍛え方を教えてもらおうと思って」
両手を合わせて、お願いしてみる。
すると、微かに嫌厭を
私に一歩近づいて、見下し、彼は言う。
「なんなんだあんた。……弱いくせにいちいち俺に構ってくるなよ」
睨む視線は、敵を見る目。敵を作る目と言ってもいいのかもしれない。
私を本気で邪魔物扱いしている。この類の反応はもちろん予想したうえでの絡みだったのだが、それでもまさかここまでとは思わなかった。
「どうしてそこまで――」
なぜそこまで私を、あるいは人を寄せ付けないのか尋ねそうになったが、ある事に気づいて中断した。
私を睨んでいるように見えたロイドの瞳が、微かに揺れている。肩は上下して、呼吸も荒い。
「ロイドくん、体調悪いの?」
鍛錬に気合いを入れすぎたのかもしれない。模擬戦の結果があまりに悔しかったから、体の限界を超えてしまったとすれば納得がいく。
しかしロイドは、その質問を聞いてさらに不快な顔をした。
「だからッ! あんたには関係な――」
声を荒げかけたその時、ロイドの目からフッと力が抜けた。重力に従って体が落ち、膝をつく。
「え、」
私は咄嗟に、倒れてくる彼の両肩をつかんだ。だがその体に触れた瞬間、手に痛みが走る。静電気による痛みと似た感覚だった。反射的に手を引っ込めそうになったが、何とか耐えて、ロイドの体を支える。直後に悟ったが、それはきっと彼の膨大な魔力がもたらした作用で、魔力の壁が攻撃を拒むのと同じ現象だ。通常ならばこうした場面に起きることはないが、それはあくまで、魔力が制御されている場合の話だ。彼にその
かかってくる体重を受け止め切ったとき、ロイドは気を取り戻したのか、彼の腕が私の両手を振り払った。
「大丈夫?」私がそう言葉をかけると、
「……うるさい」
言って、私を睨み、何事もなかったようにさっさと立ち上がって去っていった。
置いて行かれた私は、彼の後ろ姿を振り返った。
歩く足取りにふらつきなどは無いし、いつものロイドのように見える。すべて私の気のせいだったのかもしれないとも思ったが、そんなわけない。
「ちゃんと休みなよー」
彼の背中にそれだけ言っておいた。
無理やり医務室に連れて行ってもよかったが、そうすると今度は、私のことが嫌すぎて精神の方に異常を来しそうだ。
ロイドはかなり子供じみたやつだが、本当に子供なわけではないのだから、無理して体を痛めつけるなんてことは、さすがにないだろう。私はそう思って、そっとしておくことにした。
ふと、ロイドの背中から、少し上に視線をずらした。
彼の膨大な魔力が、廊下の天井まで立ち上っている。それはまるで、暗く燃え上がる一灯の炎のようだった。
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