第25話 おみごと
木剣を持った私たちは、相手チームと対峙する。
奥の壁際の真ん中あたりに、ホワイト指導官が腕を組んで立っていて、その直線上を境にして戦闘エリアを分け、二つの模擬戦が同時に行われる。
私とロイドくんの前、十メートルほど先には、対戦相手の女の子が二人でこちらを睨んでいる。身長の高い方がイヅル、低い方がウズネと言う。同じような面影の仏頂面をしていて、切り揃えた黒髪も同じなので、姉妹だろう。いい連携に注意だ。
さて、私たちの連携は絶望的だが、それでもやりようはあると思う。
私はロイドくんの方を見た。まだ木剣を構えようともしない彼だが、やはりその魔力は凄まじい。まだ制御しきれていないとはいえ、それは彼の高い戦闘能力を愚直に示している。彼の傲慢な態度は、事実に基づく自信でもあるわけだ(傲慢なのは変わりないが)。
そして私の実力もまた、彼の言う通りだ。つまり私とロイドくんのコンビは、相手から見れば凄まじい実力差がある。ということは、相手が勝つために取ってくる行動は、自然と限られてくる。
「じゃあ、準備はいいね」ホワイト指導官が、両エリアの様子を軽く見て言った。木剣を握る手が汗ばむ。「よーい。はじめ」
瞬間、隣の魔力が一気に勢いを増した。同時に、ドカンッと、地面を蹴る音が響き、跳躍したロイドが高速で距離を詰める。
勢いにまかせて振りぬかれた木剣、その標的はイヅル。
彼女が斜めに構えた剣でそれを受けると、木とは思えない、硬い衝突音がした。
しかし相手は二人いる。
ウズネがロイドの側面から斬りかかった。だが当たり前に予測していたロイドは、ウズネが迫る方向に手を向け、でたらめな魔力を放出する。ルール上、木剣を当てなければ勝てないが、相手の片方をつぶすには十分。
だったはずだが、ウズネの体は、ロイドの魔力にさらされると同時に、霧散した。それは、体を模した魔力。デコイだ。
「はぁ!?」
ロイドが半ギレで声を荒げると、イヅルがロイドの剣を振り払って反撃。彼はそれを対処せざるを得ない。
ウズネの本体が、霧散した魔力の間から飛びだした。狙いは一直線、私の方へ向かってくる。ロイドは予想外だったみたいだけど、私はこうなると思っていた。相手からすれば、一人がロイドを抑えてさっさと私に攻撃を当てた方が、確実に見えるはずだ。賢いと言える。
これを予想できたからと言って、アンロックできない以上、私が相手を圧倒できるわけではない。しかし、パールの技を見たおかげで、目は慣れていた。
「……?」
ウズネは一瞬きょとんとした。私が体を反らして彼女の剣を避けたからだ。
回避されることは想定外だったようだ。魔力を流せない私が剣で受けることはできないため、こうするしかないだけだが。
ウズネはすぐに追撃を試み、水平に木剣を振る。だが、焦りに影響されたのか、踏み込みが甘い。半歩下がるだけで避けることができた。
二発続けての失敗。こうなると厳しいのは向こう側だった。ロイドを抑えておけなくなる。ウズネも、私を睨みつつイヅルの方を気にしていた。
ロイドとイヅルは木剣で撃ち合っている。
カン、カカン。
イヅルの魔力操作は丁寧だが、ロイドの攻撃を受けるだけで精一杯。剣技よりは、魔力を拮抗させるのに苦労しているようだった。
「ほらほらこんなものか!?」
ロイドがヒートアップして、魔力もまたその勢いを増していく。
より早く、より強くなる攻撃。
「この……!」
イヅルは苦悶の表情を浮かべて食らいつく。が、次の瞬間。彼女の手から木剣が弾き飛ばされた。
「――!」
「イヅル――!」
ウズネがけん制で剣を一振りし、イヅルの方へ駆ける。私の身体能力では、それを追うことはできなかった。
ロイドの追撃が、イヅルの首筋に振り下ろされる。イヅルはのけ反って何とかそれを避けたが、おそらく、次は避けられない。ロイドはイヅルに深く踏み込んだ。
「させない!」
ウズネが跳躍し、ロイドに斬りかかった。
しかし。
「だろうね」
ロイドは、踏み込んだ足で素早く振り返る。
彼の剣を持った右腕に、魔力が集中した。
空中のウズネに、高速の突きが放たれる。誘っての迎撃。回避は不可能だった。
「やっぱりザコ」
木剣の先が、ウズネの体に食い込んだ。深く沈んで、貫いた。次の瞬間には、彼女の体は霧散した。
「はぁ!?」
デコイだ。彼、もしかしなくても馬鹿なのだろう。獣でも同じ手に二度はかからない。
下方。姿勢を低くしたウズネがロイドの隙を縫う。
彼女は確と握った木剣を、強く振り上げた。
ボコん。
確かに鳴った、木が人体をたたく音。
そして、カラン。木剣が地面に転がる音。
「ったぁ……」
ウズネが頭のてっぺんを抑えていた。
「あ、ごめん、大丈夫?」
まさか脳天に当たるとは。
私は彼女に駆け寄った。ウズネはきょろきょろと、私や転がった木剣を見る。
イヅルとロイドも、口を開けたまま私を見ていた。
傷よりも、何がおこったのかが重要みたいだ。
少し後ろめたさを感じつつ、私は投げた木剣を拾った。
「ルール違反……じゃないよね」
ちょっと無粋だっただろうか。
先の瞬間、ロイドほどではないがウズネも冷静さを欠いていたようで、纏う魔力がなくなっていた。だから投擲してみたのだが。
「あはは、おみごと!」
ホワイト指導官が嬉しそうに拍手した。
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