世のため人のための最強~転生先の最強魔剣士は、やさしい制約に囚われている~

紳士やつはし

プロローグ 解錠申請

 ある町が、更地になろうとしていた。

 数刻前まで、そこには文明があった。

 人々の大切な川があった。

 それぞれの家族愛にあふれた、色とりどりの家々があった。

 厳かで、温かい教会があった。

 活気に満ちた、長い市場があった。

 昼も夜も騒がしい酒場があった。

 もう、見る影もない。

 そこにあるのは、

 ただのレンガ、

 ただの木、

 ただの泥水、

 ただの土、

 ただの果物、

 ただの布、

 ただの肉、

 ただの血。

 周辺の人間はほとんど死に絶えた。

 騎士団も、その増援部隊もすべて壊滅した。

 そのなかで、一人の少女が、怯えていた。

 瓦礫の陰に隠れたまま、動けず、逃げられなかった。

 奇跡的に命を拾い、しかし気を失って、目を覚ましたすぐ後、更地を生み出したそれの姿を見て、その瞬間、足がすくんだのだ。

 少女の視線の先にいる化け物は、四足歩行の生物のようだった。

 ただしその四肢は、まるで人間の腕。たくましい筋肉のついた人の腕だ。

 胴体は、女性の腰。血色は皆無で、真っ白だ。

 尻尾らしき長い鎖は、胴体の背骨部分と一体化している。その反対側にはひしゃげたガス街灯の柱が突き刺さっていて、それがどうやら、首の長い頭部のようだった。

 少女は周りの子供よりも、魔力の扱いが得意だった。それを自慢したりもしていた。

 だから彼女にはわかった。の魔力がどれほどに巨大で、そして、禍々しいか。

 恐怖のあまり声が出かけ、少女は慌てて口を覆い、息を殺す。

 と、同時に、化け物のひしゃげた街灯がピンと、曇天に向かって伸びきった。

 直後、化け物は体の向きを変えた。

 それは今まさに少女がいる方向だった。

 目が合った。と、少女の本能が確信した。

 悲鳴を上げた。

 耐えられなかった。

 化け物の首が再びぐにゃりと曲がり、

 そして、

 それは一気に駆け出した。

 大した距離はなかった。一瞬で詰められる。

 化け物に口はないが、関係ないことを少女は知っていた。

 食われることを、少女は、確信した。

 せめて迫りくる恐怖を直視しないように、反射的に目をつむった。

 そのとき、誰かが目の前に飛び入ったのを少女は感じた。

 驚いて、目を開けた。

 人間。若い女の人の背中だった。

 スラリとした体形。なびく黒髪。騎士団の制服とも違うジャケット。右手には剣を持っている。

 ボロボロだった。肩で息をして、全身は傷だらけ、片側の横髪が血でべっとりと濡れている。

 しかし、女の人はそれでも、少女を守るように、迫りくる化け物の進路を堂々とふさいでいるのだった。

 少女は驚愕する。

 少女にはわかるのだ。その女が魔剣士であるということ。そして、化け物には到底太刀打ちできない実力だということも。

 だが女は、死への覚悟など決めていない。決死の身代わりなど考えていない。失敗など考慮していない。

 ゆっくりと息を吐き出して、全身の余計な力を抜く。

 その行為は、無謀でも、無意味でもない。

 女は、化け物に向かって強烈な視線を解き放ち、

 人間離れした気迫で、高らかに、

 こう――宣言した。


解錠申請アンロック――!!」


 奇しくもその日、少女は目撃することとなった。

 全ての魔剣士にとって、最も名誉ある六つの席。そのうち正体不明の一席に座る女の、

 ごく普通で、平凡な、しかしかつてないほどに強大な、魔力の姿を。

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