好きな人にフラれた俺は10分、幼馴染と『恋人ごっこ』をする

瑠璃

第1話 好きな人に告った。

「好きです。付き合って下さい」


 とある日の夜、俺は一人の女性にその言葉を放った。

 いわゆる告白というものだ。

 俺、鷲見夜代すみやしろは人生で初めての告白で胸がうるさく鳴り響く。

 俺が告白している女性は、俺の働いている会社の先輩で、入社した頃からずっと好きだった。何でって……カッコいいから。

 俺がドキドキしながら彼女の返事を待っていると、彼女は口を開いて──。


「ごめんなさい。私、実は結婚してるの……」


 放たれたその言葉は、俺の頭を直接殴ったのではないかと思うぐらい痛かった。

 彼女は「本当にごめんなさい!」と頭を下げた後、そのまま走り去ってしまう。

 俺はただただ、一年間の想いが無駄になったことに絶望するしかなかった。


♢♢♢♢♢♢


「ふーん。それで、アタシに失恋の慰めをしてほしいと」

「……うっせえ」

「あははっ!素直じゃないなー!夜代は!」


 そう言ってビールを飲みながらバシバシ背中を叩く女性、水澤虹乃みずさわにじの

 長い茶髪は絹の様であり、肌は白く、グレージュ色の瞳は宝石を連想させられるほどに綺麗だ。

 その上、彼女は仕事もそつなくこなすから、社内では「完璧の姫様」とか呼ばれてる。

 だから当然、虹乃はめちゃモテる。

 学校でないにも関わらず、社内で告白される回数は尋常ではなく、虹乃に振られて会社を辞める人とかもたまにいるらしい。


「アンタもアタシみたいにモテりゃいいのにねー。スペックは高いはずなんだけど……」

「スペックって……、お前みたいな完璧超人じゃないんだが……」

「えー?でも、アンタも一年間で滅茶苦茶出世したじゃん。フツーはあり得ないんだからね?」


 よく言うぜと思いながらビールを軽く口にする。

 俺の今の役職は『本部長』。一年間でここまで出世できるのはまず不可能だろう。

 だが俺の場合は、倒産寸前だった会社を虹乃と共に入社10日で完全回復させ、大手大企業へと進歩させた。

 まあ、俺の力は微々たるもので、8割は虹乃の力だ。

 ちなみに、虹乃は『専務取締役』という役職に就いており、俺なんかよりもずっと偉い。

 そんな俺たちがなぜこんなに仲が良いのかというと、俺らは腐れ縁、いわゆる幼馴染だ。

 そのため、こうしてたまに二人でいろんな居酒屋にブラブラと回ってみたり、互いに愚痴を聞き合ったりしている。


「お前がハイスペックじゃなけりゃ、俺がモテてただろうな」

「なに?嫌味ですかー?ハッキリ言ってもらえますー?」

「お前、もう酔っ払ってるだろ……」


 本来なら、失恋の悲しみに耽る俺が酔っ払いながら不満爆発!というパターンを予想していたのだが……、これじゃあ逆じゃん。


「おぉい、やしろぉ!今、失礼なこと考えてたでしょ!」

「う、うるせえ!」


 酔っ払いながら心の中を読むんじゃねえ!

 と、やり取りをしているうちに周りがガヤガヤし始める。

 その人らの視線の先には、酒で乱れた虹乃がいた。

 このままここに居座ると、俺らが気分が悪くなる。

 潮時か……。酒が進んできたってのに……全く。


「おらっ、虹乃。帰るぞ」

「おおっ?二件目?行こ行こー!」

「帰るっつってんだろ」


 虹乃は酔っ払ってフラフラしているので、俺は虹乃をおぶってその場を後にした。


♢♢♢♢♢♢


 帰り道、虹乃は俺におぶられながら眠ってしまい、そのまま家に着いてしまった。

 着いてしまったが、どうしよう……。

 コイツの家の鍵は当然ながら持っていない。

 かと言って虹乃の体をまさぐるのは忍びない。

 ここはしょうがない。俺は虹乃の体をおぶりながら揺する。


「おい、虹乃。家に着いたぞ。起きろ」

「んぅ……?」


 すると、思いのほか早めに起きてくれた。

 虹乃は目をパチクリさせて、周りを見る。


「あれ、もう家?てかアンタ、ここまでおぶってくれたの?」

「おう。随分とフラフラしてたんでな。しゃあなくだ」

「そっか……」

「てか、はよ降りろ」


 俺が少し体勢を低くすると、虹乃は「ごめごめ」と軽く謝りながら背中から降りる。


「わざわざあんがとね。家の方向全然違うのにここまで送ってもらっちゃって」

「全然気にしてないぞ。とゆーか、一人で行かせたらアカンだろ」

「それもそうだけど、お礼はしたいなあ……」

「だから全然いいって」


 俺が「じゃ」とその場を去ろうとすると、虹乃が何かを思いついたかの様に「あっ」と声を上げる。

 俺はその声に釣られるように振り返った。


「じゃあさ、条件付きでアンタの彼女になったげる!」

「……酒が抜けきってないんだな。今日は早めに寝ろよ」

「ひっど!素面なんですけど!」


 素面ならそれはそれで問題ありなんだが……。


「はあ、一応話を聞こうか。その条件付き彼女っていうの」

「そう来なくっちゃ」


 虹乃は嬉しそうにフンっと鼻を鳴らす。

 美人がそういうことしない方がいいと思うが。


「そうだなあ……。うん、よし!」


 虹乃は頷いて俺の目をまっすぐ見た。


「アタシが明日、10分間だけ彼女になってあげる!」


 俺はこの時、まだ知らなかった。

 この一言が、俺らの不思議な関係性の始まりだってことに──。

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