クレヨンと色鉛筆

口一 二三四

クレヨンと色鉛筆

 彼女の存在が疎ましかった。


 私より二年遅く産まれた体。

 舌足らずに呼ぶ声。

 とてとてとついてくる足音。

 それを可愛いと思っていた時期があった気もするけど、記憶の中にあるのは妬ましさだけ。

 今まで独占してきた両親からの愛も、お気に入りのオモチャも、周囲からの眼差しも。

 何もかも、私だけじゃなく姉妹に与えられるモノになった。

 不服だった。ずっと不貞腐れて納得いかない顔をしていた。

 対照的に、妹はずっと無邪気に笑っていた。


『妹ちゃんの方が愛想いい』


 姉妹を見比べみんながみんな、口を揃えて言うものだから。

 とにかく彼女の全部が鬱陶しくて嫌いだった。


「お姉ちゃんお姉ちゃん見て。私の絵また好評なの」


 いくら私が邪険に扱っても妹は私にすり寄ってくる。


「この調子で今日はもう一枚描いちゃおっかな」


 気付かないほど鈍感なのか、わざとやってるほど性悪なのはわからないけど。

 無遠慮に、無邪気に。

 平穏をかき乱してくる。


 今まで自分だけの物だったオモチャを彼女に取られた日。

 私は彼女に取られない、自分だけの何かが欲しくなった。

 物や人じゃない、もっと何か。私にしか生み出せないモノがあれば。

 目を付けたのが絵を描くことだった。

 これなら紙とペンさえあればいい。

 そう簡単に真似されない。

 手描きはやがてパソコンに変わり、投稿サイトに載せるようになった。

 描くスピードは遅いけど、一枚一枚。私が描きたいモノを描きたいように描いた。

 彼女に取られない私だけのモノ。

 欲しい欲しいとせがまれない私だけのモノ。


 ――ねぇ、これお姉ちゃんの絵だよね?


 そこにまで彼女が首を突っ込んできたのは私が高校に上がりたての頃。


 ――えー言ってよもー。私も描いて載せるっ!


 知られるだけならよかったのに、一番聞きたくなかった言葉を添えて。

 彼女はまた私の人生に上がり込んできた。


 昔から私の真似をしたがる性格だから当然ある程度絵も描けた。

 載せるのは清書もされてない落書きばかり。

 だけど長年絵を描いてきた私から見ても魅力があるその絵は、描くスピードの速さも相まって周囲からの好評を得た。

 焦りが生まれた。悔しさと煩わしさも。

 私が一枚の絵を仕上げる間に彼女は五枚の絵を仕上げる。

 作品の評価は私の方が上だけど、見られてる数は彼女の方が上。

 意識しないようにすればするほど意識をしてしまい、また取られるんじゃないかって恐怖が芽生えた。

 そこで昔みたいにまた別の何かを探そうとしなかったのは、当時は無かった意地があったから。

 これまで散々取られてきたんだから、もう取られてたまるかと歯を食いしばったから。

 自分の描く絵が、背中ばかり向けてきた彼女と面と向かって張り合えるモノになってるって自負があったから。

 でも、でもそれ以上に。


「あっ、お姉ちゃんも絵あげてるっ!」


 彼女が、妹が。


「私昔っからお姉ちゃんの絵が大好きでね。最近全然描いてるとこ見ないからもう描くの辞めちゃったのかなって思ってたの」


 純粋な眼差しで私の絵を褒めてくれる。


「だからまだ描いてるって知った時はほんと嬉しかったんだ」


 邪気の無い声で喜んでくれる。


「小さい時一つの紙に二人で絵描いたよね。私はクレヨンで、お姉ちゃんは色鉛筆で」


 嫉妬で曇った、仲良かった思い出を鮮明にしてくれる。

 

 正直、妹の存在はまだ疎ましい。

 私より社交的な性格。

 誰にでも親しみを込める口調。

 くせっ毛には輝いて見える綺麗な長髪。

 私の持ってない何もかもを持ってる、鬱陶しい彼女。

 それでも、それでも。


「ねぇねぇ今度またあれやろ? 今の私とお姉ちゃんならきっとすごい絵になるよっ!」


 私の絵をずっと好きでいてくれるファンとして。

 彼女以上の存在はいないし、嫌いにもなれなかった。

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