第13話 戦場の女神

 05:00。国防空軍が蒼穹遥かで熾烈な迎撃戦を繰り広げている頃。陸でも死闘の火蓋が砲兵隊によって切られた。


 03:30より国境部に展開していた帝国陸軍砲兵隊は偽装を取り払い、射撃陣地へ進出、定刻より事前に定められた目標へ向け砲撃を開始した。


 下は歩兵中隊の120mm迫撃砲、続いて砲兵中隊、大隊の105mm、155mm榴弾砲、最後に師団を複数束ねた軍団直轄のカノン砲や203mmが砲列を敷いた。


 猛砲撃はその砲撃音が数十km先まで轟き、衝撃波がガラスをビリビリと鳴らし、振動で食卓の上の食器がカタカタと揺れるほどだった。


 国防軍も直ちに反応し150mm砲を中心に対砲兵射撃を開始した。数の利は帝国軍にあったが、戦闘は国防軍が優勢に進めた。理由は幾つかある。


 第一に国防軍は事前に堅牢な陣地を入念に構築していたため、即座に戦闘力を喪失することがなかった。砲撃が集中し始めれば、その激しさが増す前に次の陣地へ移動することも可能だった。


 対して帝国軍は元々攻撃に主眼を置いていたため陣地は堅固とは言えなかった。そのため打たれ弱く、国防軍砲兵と比較してより少数の砲弾によって撃破された。


 そして砲兵装備の差がこれをより顕著にした。国防軍が大部分の150mm榴弾砲を履帯式の装甲車両に搭載し自走砲化していたのに対し、帝国軍の大半は牽引式野砲。


 国防軍砲兵は素早く戦場を機動することによって帝国軍砲兵の射撃に空を切らせることができた。


 最後に優れた観測手段。頻繁に陣地を移動するということは射撃に必要な諸元も都度変わるということ。

 

 敵野砲の発砲炎を観測する火光標定。レーダーを用いて砲弾の軌跡を観測し位置を標定する対砲兵レーダー観測。複数箇所に設置された集音マイクから敵砲兵の発砲音を拾い敵の位置を解明する音響レーダー。


 国防軍はこうした機器に支えられ、さらに弾着観測の手法にも優れていた。


 国防軍の砲兵前進観測員は着弾位置を遠近左右、観測結果を射撃指揮所に報告し、後の複雑な諸元の修正は専門の算定員が行う。


 これに比べて帝国軍砲兵は砲兵中隊長、大隊長といった高度な専門教育を受けた将校が観測班を直率し、修正諸元を各々の中隊、大隊へ送る必要がある。


 端的に言えば国防軍の方式の方が優れていた。


 最後に国防軍将兵の優れた練度が合わさった。戦場を素早く機動し、至近弾があっても大半は装甲が無力化し、極めて高い精度の砲撃を見舞う。


 帝国軍砲兵の敗因は事前計画と現実との乖離である。


 計画段階では国境地帯では本格的な戦闘に至らず、国防軍陣地への攻撃準備射撃並びに突撃支援射撃だけと想定されていた。


 そのため、当然の流れとして全面的な対砲兵戦の準備は行われていなかった。射撃陣地について、防御はあまり考慮されていなかった。射撃の後皇国へ雪崩れ込む諸部隊に迅速に追従するために移動のしやすさを優先したためである。


 結果としてこの陣地は降り注ぐ榴弾に対し非常に脆弱だった。国防軍将兵のように機動によって逃れようとすれば、まず牽引のためのトラックが既に甚大な損害を被っていた。


 無理矢理移動しようとすれば最低限の防御すら捨てることになる。帝国軍も一応人員が伏せれば地面に隠れる程度の穴は掘っていた。そこから出るというのだから無事でいられるはずがない。果敢にも飛び出した砲兵の死傷率は想像を絶するものとなった。


 その他一部では観測所と砲兵中隊とを結ぶ有線電話の線が砲撃により切断され、射撃諸元が送れないといったトラブルも発生した。


 そうした諸々の醜態を演じて、日が天頂に達する頃には帝国軍砲兵の大半は撃滅された。


 

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