第8話 政と民、産

 国防軍は好まざるに関わらず着々と戦争準備に邁進している。


 帝国への戦備は、帝国からの疑念の目を逸らすために連邦に攻撃を気取られないためと説明している。帝国との開戦を覚悟している皇国だが、表向きは戦備を整える時間を稼ぐために帝国の要求を呑むフリをする。

 

 そのため帝国国境で行われている陣地構築、増強工事についても同様の説明をしている。


 帝国としては頭から信じてはいないものの、連合皇国が帝国に従順になっているものとして論難することはしない。


 国防軍と皇国政府は軍需産業にかけあい兵器の増産態勢を整えるよう要求していた。幸いにして、連邦に秘密裏に支援していた銃火器、各種地雷、装甲車、軍用自動車は既に製造ラインも増えており、こちらに関して懸念は少ない。


 問題は戦車や戦闘機、各種砲等の正面装備である。こちらは今まで増産の要求がなかったために今から製造ラインを増設する必要がある。


 まず国防軍の望む水準で増産するには既存の設備の強化拡張では足りず、工場を新規に建てる必要が出てくる。

 

 そして製造ラインを増設するにはまず必要な各種工作機械を用意し、それを操作する人員も揃え、鉄鋼などの資源も追加で発注しなければならない。


 費用に関しては大部分を国が持つので企業が気にする必要が、そもそも工場から建設するとなれば一朝一夕に実現できるものではない。


 ともかくも、帝国との開戦必至と見た皇国は全精力を傾けて国防軍戦力の充実に務める。


 

×××××



 もう1つ皇国が気を揉んでいる分野があった。それが報道である。


 皇国は象徴として皇を戴く他は民主主義であり、報道は自由に行われている。


 この民主主義の基幹である自由な報道というのが戦時において戦争遂行の著しい邪魔になる懸念が指摘されている。


 懸念というのは自軍の不利になる事実もしくは伝聞、推測等を報道されること。


 戦闘での敗北も場合によっては損害をそのまま公表するのは利敵行為に直結するし、また自軍不利との噂話を裏付けのないまま報道されでもしたら無意味な動揺が広がる。


 国防軍は国体護持のために文字通り塗炭の苦しみの中で命を投げ打つ。なのに自分達が守ろうとしている一部である、たかが一報道機関のエゴによって自分達を窮地に追い込むが如き行動は到底容認できるものではない。そのような背後からの一撃は裏切りであり、そのような行為を行う者は国賊、逆徒に他ならない。


 また皇国政府としても国体護持、主権維持の戦争完遂のため厭戦えんせん気分が国内に蔓延るのは何としても避けたい。


 逆に戦果の過剰な報道も困る。帝国で確認された事例だが、実際は〇〇という都市の一画を占領したのみなのに新聞は〇〇を占領と報じた。


 後に〇〇という都市を占領できたからよかったものの、もしできていなかったらどうなっていたことか。確実に帝国軍への反発を生んでいただろう。


 更に対外的な問題もある。誠に遺憾ながら国防軍兵士による戦争犯罪を完全に抑止することはできないだろう。


 そしてそれを詳らかに、という程ではなくても世間に喧伝されるのは困り物なのだ。当然戦争犯罪が世間に認知されると厭戦気分が高まるし、敵のプロパガンダに利用される。戦争とは無関係の諸外国から非難されることにもなるし、最悪の場合資源の調達に困難を生じさせる。


 てんでバラバラ、自由奔放に、それもあることないこと憶測混じりに報道されては内憂となる。新聞各社は自紙の売り上げのためにセンセーショナルな話題なら不確実であっても報道することが明らかになっている。


 以上をもって皇国政府は戦時には強力に報道各社を規制することに決した。


 具体的には、まず戦争情報の発信源を平素より国防軍広報を務める国防軍広報部が独占する。各々記者はこの報道部からしか情報を得られない以上、ここから締め出されないよう必然的に国防軍に不利な記事は執筆できない。


 さらに資源保護を理由に紙の規制を行う用意もある。


 新聞では強く視覚に訴えることのできる写真を掲載できる。ニュースの即時性では今やラジオに劣る新聞だが、視覚に訴えることがてきる強みがある。政府は、その新聞に必須の紙が供給されない可能性が出てくる、という圧力を暗に掛ける。


 一方締め付けるだけでなく、便宜を図ることでより報道各社を従順にさせる。


 国防軍に従順な報道会社にはより刺激的な戦地の写真、動画を提供し、反対に国防軍の意に沿わぬ報道を行う会社にはそうしたものを提供しない、といった具合に飴と鞭を使い分ける。


 そうして報道機関が病巣となるのを予防し、かつ我国民の戦意を高めるのだ。

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