第6話 動員計画

 特別偵察の結果導き出された結論はただ1つ。最早対帝国戦は不可避。対話により平和を希求できる段階は過ぎ去ったのだ。早晩、両国は誠に遺憾ながら戦争に突入するだろう。


 そして連合皇国の最高意思決定者は帝国の侵攻が一度発動されたならば徹底抗戦することを選んだ。


 以上の決定を受けて連合皇国国防軍が事態を仕切ることになった。既に事態は政治ではなく軍事の領域に移ったことを如実に表している。


 国防軍が大急ぎで策定にかかったのが戦時動員の規模と時期、そして方法だった。


 まず皇国は徴兵制を採用していて、全皇国民は徴兵の義務がある。もっとも、全皇国民といっても平時に女性は対象とされていない。


 適齢の男子が軍務に適するのか検査を受け、健康かつ優秀と判断された男子の内何割かが入営し二年間の軍務を果たす。


 軍務を果たした後は民間に戻り各々の道を歩むが、同時に予備役に編入されており有事の際には軍から召集がかかる。


 国防軍の常備は陸海空軍合わせておよそ30万人。対して帝国軍が初戦で投入してくると思われるのは80万人。80万人全てが前線で戦う軍人ではなく、後方支援の要員も含まれるがいずれにせよ圧倒的な人員数であるのは言うまでもない。


 さらに言えばこの後方には連邦へ攻め込む軍勢が控えいる。いざとなればこちらも対皇国戦に投入されるだろう。


 対して国防軍。即座に召集できると見積もられている予備役は50万人。後は経済活動との調整を行いつつ順次召集することになる。兵役に適する年齢は社会での生産活動にも適する年齢だし、片っ端から兵士にしては工場や農村での労働人口がいなくなってしまうから段階を踏むことになる。


 予備役以外にも祖国が侵略されたとなれば多くの青壮年が兵士に志願することが見込まれる。ただしこうした志願兵は開戦初期での戦力化は間に合わない。まったく軍事としての素人を最低限歩兵に育てるには半年、とにかく教育課程を詰め込み即成するにしても4ヶ月から5ヶ月はかかる。


 民間人であった予備役にも再訓練は必要になるがこちらは元軍人。1ヶ月もあれば十分だろう。


 一方動員というのは部隊を戦時態勢に移行させることをさす。平時から部隊を完全充足にするには経済的な負担が大き過ぎる。そこで平時編制では基幹人員のみ。戦時に突入したならば予備役を召集して戦時編制に移行する。


 悩ましいのは動員を実施する時期だった。早期に実施したいのはやまやまだが、そうすると帝国から『帝国侵略の意図あり』と難癖を付けられて開戦の口実にされかねない。


 大義名分は自分が掲げるものであって、相手に掲げさせ、侵略戦争を正当化させては決してならない。


 この政治的理由からいきなり50万人の召集は実施できない。


 外務省と国防軍の協議の結果、公式の動員令発布は開戦後になった。しかしそれでは帝国軍の侵攻に抗し得ないため開戦前から軍事演習の形をとって部分的にではあるが実質的な動員は始める。


 召集を始める時期についてはまず帝国がいつ侵略を開始するのかに左右される。過早に行えば先述の通り帝国の口実に利用されかねないし、遅きに失すれば間に合わない。


 国防軍がまずせねばならない事は帝国軍がいつ戦争を発動するのかを見極めることだった。


 国防軍最高司令部の参謀はその脳髄を振り絞って情報を処理、結論を導き出した。


 まず軍事には幾つか定石がある。戦争は戦場の霧と表現される不確実性に満ちた状態ではあるものの、その中にも公式のようなものはある。


 基本的に軍隊にとって活動を制限される冬は敵だ。雪のために行動を阻害され、防寒のために必要な物資量も増え、ということはつまり補給を圧迫する。


 今は1月。時折降雪もある冬ど真ん中。戦争の舞台となるだろうサルン地域は3月まで降雪があり、4月には春を迎えるが路面はまだ悪く、大規模な軍隊が通過するのに適するのは5月になってから。つまり5月初頭が一番侵攻の危険性が高まる。


 となれば5月初頭には戦備を整え終わっている必要がある。部分的な動員で最低限の兵を集め武装させ機動させ、現地で防御陣地を築城し……。


 となると召集を掛けるのは3月。4月には訓練を完了しサルン地域へ機動、集結を完了し防御態勢をとらせる。


 国防軍参謀本部は具体的な動員計画の策定を強力に推進した。まず開戦前の部分的な動員については演習の態で進められる。


 『国防軍戦略機動演習』。帝国の反発を惹起させないため内々に進めるが、規模を考えれば漏れると考えるべき。そこで動員意図を隠さなければならない。そのための計画名がこれ。


 元より国防軍は軍事組織。戦時に突入した際に動員する者については職業等を勘案し既に決められてある。そこから一部を臨時召集で集める。


 厳重な防諜態勢をとると帝国に勘繰られる可能性があるためどうしても情報が漏れる前提で進める必要がある。


 これなら国防軍が戦場から戦場への機動力を試すものとして、ある程度疑念の目は誤魔化せるだろう。さらにもう1つ。動員し、戦時編成が完了した部隊はサルン地域の東、オストル地域へまず派遣される。


 オストル地域はサルン地域同様連邦に国境を接する地域。ここで動員してきた兵の再訓練を行うことで表面上は国防軍が連邦に軍事的な圧力をかけているように見える。だろう。


 再訓練が完了した後、サルン地域へ機動し防御態勢につく。

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