一条清麻呂の国取り計画
ペンギン
第1話出会い
リーン、リーンと鈴虫が美しい音色を奏あげ秋の夜を彩る。
今は平安時代。異文化交流が始まったこの世界には喫茶や衣装屋なんかも建ち並んでいる。
今夜は足元を明るく照らすほどのまん丸な満月だ。流れる雲が時折影を映し、ますます幻想的な夜を魅せていた。
そんな素敵な夜に、全身を白で覆った女が森に広がる池に向かい歩を進めていた。
「嫌やわぁ…。こんなえぇ夜に女の自殺を見るんわ。」
ふと誰かにかけられた声にピタリ。とすでに腰まで浸かった体を止める。
その様子に声をかけた本人はふぁ〜。と大きなあくびを女の背後にしてみせた。
「この時期の水は冷たいで。楽には逝かれへんやろなぁ。」
「…」
「お前さんはほんまにそれでええんか?入水自殺なんて骸も惨いやろ。」
チラリ。と扇子で口元だけを隠し、目線を女に向ける。
カタカタとしなやかな肩が揺れているのは、この声の主の言う通り水の冷たさからか、それとも死への恐怖からか。
それでも無言を貫いた女が水から出てくる気配はない。
声の主はふぅ。と目を閉じ、小さなため息をついた。
「…苦しいで。覚悟はあるんか。」
「…ない…です。」
「そらそうやろな。そんならさっさと上がってきぃ。僕のお気に入りスポットで女の骸なんちゃ見とうないしな。」
真剣に問うた質問は女に届いたのか、カチカチと歯を鳴らしながら、震える声で呟かれた返答に満足気な声の主。
どこからどう聞いても若い男の声にしか聞こえないが、その質問だけはとても重かった。
「…」
「なにしとんのや?まさか動けんなんちゃ言わんやろ?」
「ごめんなさい。骸は上がらぬよう重石をつけてあります。今夜は何も見なかったと、お引き取り下さい。」
「いやなんでやねん。」
パチン!と閉じた扇子でビシ!と素早いツッコミを入れた男の声もシカトし、ゆっくりとまた女は歩を進めた。
その行動に驚き慌てて池の縁まで行けば、トプンとその水の深みに女は落ちて姿を消して行った。
「嘘やん。こんなん目の前で見せられて見なかったことにぃ〜。なんてさすがにでけへんで??」
ブクブクと女の落ちた場所を示すように膨らむ気泡が小さくなっていく。
男は今夜1番の盛大なため息を腹の底から出し切り、扇子を置いてパン!と両頬を叩いてから勢いよく池の中へ潜り込んでいった。
ーザブン!!
「(あっ、おったわ。まだ生きてんやろ?)」
コポコポ…と自分の口から少しずつ抜けていく空気を目にも止めず、池底に横たわる女を見つけては引き上げようと手を引く。
しかしどんなにジタバタと頑張ってもピクリともしない女の体に、ついに男の限界が突破されゴボォッと肺に残された空気は出ていってしまった。
たまらず水面に上がり、ゼェ、ハァと酸素を取り込んでは大きな声でー
「嘘やん!?なんで腹にあんな石詰めとん!?ホンマに死ぬ覚悟なかったんか、あったやろ!?」
と渾身のツッコミを披露していた。が、それに返事が来るはずもない。
事態を深く把握し、もう1度自分の頬を叩いて気合いを入れ直してから救出に向かうのだった。
◇
「ぜぇ…はぁ…ゼェ…」
草原に横たわる女に目もくれず、片膝を立てて意気消沈と息を切らす男。
なんとか3度目の挑戦で引き上げる事に成功したが女は目を覚まさない。
間に合わなかったか?と一瞬肝を冷やしたが、胸を圧迫するうちに「ガハッ!」と苦しそうに水を吐き出した。
「はぁー…ほんまにもう…。起きんかいアホンダラが…。どないせぇっちゅうねん、コレ。」
ペチペチ頬を叩いて揺すってみるが反応のない様子に放置する事もできない。なんとなく空を見上げれば、綺麗な満月が元気づけてるように見えた。
「綺麗な月やなぁ。」
「けほっ…けほ…あ…れ?」
「お。起きたんか自分。苦労したで引き上げんの。」
「あなたは…」
声のした方を見れば、状況を理解できてない女が男を見上げている。
そしてすぐ自分が助かってしまった事に気づき、酷く絶望したような目を向け、なぜ。と訴えているようだ。
「不満そうな目すんなや。」
「なぜ…捨ておいてくれませんでした。私にはもう、生きる意味も…」
「目の前であんなん見せられてはいそうですかって言えるほど冷酷やないで?なんであんな事したんや。知り合ったついでに人生相談聞いたるわ。」
「…」
「ええやろ?どうせ1度は捨てた人生や。」
「そう…ですね。」
そこからポツリポツリと話し始めた。
自分は代々続く陰陽師の家柄で期待されて育った身である事。
つい先日、次期当主を決める為の選別があった事。
そこで最後まで残った男に不正をされ、その濡れ衣を着せれたまま家を追い出された事。
行くあてもなく、これまでの苦労も全て水の泡となり、生きていく意味を見いだせなくなってしまった事。
ここまでだ。
「大変やったんやなぁ…。ん?つい先日行われた、名のある陰陽師の次期当主の選別??」
「はい。」
「もしかして…
「はい。」
「ほんまにか!?そんでお前さんが最後の選別に残っていたもう1人の方!?」
「はい。」
言葉にならない。とでも言いたげにアングリと口を開けて驚きを隠さない。
桃木一族はこの都随一の陰陽師だ。
たしかにそこに、数百年に1度現れるか分からないと言われるほどの天才陰陽師がいると噂になった事がある。
しかも女で。
当時から興味を持っていた話題だっただけに、桃木の次期当主が別の男になった事を不思議に思っていたのだ。
「こりゃどえらい拾いもんしたわ。」
「見るに貴方様は貴族の方ですよね?なぜこのような時間にお1人でこのような場所に…?」
「貴族もなぁ、つまらんのや。だからたまーに息抜きにここ来て、夜空見て満足して帰るん。やのにビビったで。」
「そうでしたか…。でしたら私は別のところに行きましょう。」
納得したようにヨロヨロと立ち上がり、覚束無い足取りで去ろうとする女の手を握って男が止める。
何事かと振り返った時に見えたその顔は悪ガキそのものだ。
「ちーっと待たんかい。お前さんほんまに桃木の天才陰陽師やんな?」
「天才かは知り得ませんが、桃木の陰陽師です。」
「そうやんなぁ〜。うし!名前は?」
「…
「ほぉ、千の桃木の影か、そりゃ陰陽師向けのごっつい名前やわ。そんならその名前今から捨てるで。」
「は?」
「今日からお前は、一条椿や。巫女として名乗り。」
「どういう事でしょう。」
満面の笑顔男と不信感MAX顔女の反する2人。
男は立ち上がり、千影の両手を取って真剣に顔を合わせた。
「生きる意味がないんなら、僕がその意味になったる。”桃木千影”はたった今、この池で死んだんや。」
「あなたに何の利があると?」
「察しがええな。やりたい事があってな?その為に護衛が必要やねん。だから君の力が欲しい。」
「…」
「その力、僕だけの為に使い。君は今日から椿やで。」
満月の灯りが2人を照らす。
ロウソクなんてなくともハッキリ見えるお互いの顔は自信に満ちた者と不安を抱えた者、どちらも晒けだしている。
少しの沈黙の後、女は言った。
「…どうせ1度捨てた命です。泥船であろうとも後悔はありません。」
「なんで泥船が前提やねん。ほんなら話は決まったな、僕の家に使ってない離れがあるんや。案内するで」
ニンマリ笑う男に連れられて、千影ーもとい椿はついて行った。
果たしてこの乗った舟は泥舟か否か。
2人の歯車が動き出した瞬間だー。
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