第39話 ……正直言って運命だと思った

「諸君! 私が社長の黒船正十郎である! 此度は佐土原社長が急遽、退任する事になり今後は私がこの会社を引き継ぐ事となった! これからこの会社は支部として機能し、人材のスキル向上の為にも本社から人員を派遣させてもらう! 業務やこれまでのノウハウは変わることは無い! 変わるのは福利厚生と契約内容だ! 基本は18時を定時として、週休は完全二日制! 有給もきちんと消費したまえ! 技術資格を持っている者は手当てをつけよう! これまでの残業代は記録に残っていない以上、対応できない事は申し訳なく思う! だか、給与は変わることは無くこれからは残業手当てはきちんと支給しよう! 内容に対する質問や詳しく知りたい者は新たに配った名刺の本社の番号へかけてくれたまえ! それでは、後は熊谷支部長に任せるよ! ふっはっは!」


 て言う説明があって、会社全体の仕事量は変わらなくても、人が入って来たことによって今後は18時には帰って来れると彼は説明してくれた。


「今後は色々なトコに行こうぜ」

「……そうだね」






 12月半ば。同棲を始めて二ヶ月あまり。

 彼と共に過ごす時間が増えた事で一人で考えることが少なくなった。正直言って……かなり依存しちゃってる。


「コンビニのおでんって、なんで旨いんだろうな」

「……売り切れてなくてよかったね」


 休みとなった土曜日。あたしは彼と冷える夜をコンビニのおでんを片手に帰路に着いていた。


 彼の会社が新体制で少しドタバタした事もあって年末はどこにも出かけずに家で過ごす事になった。彼は何度も、申し訳ない、と謝ってくれたけど、あたしからすれば一緒に居れるならどこでも良かった。


 彼と過ごす日々が、彼と過ごす夜が、彼と過ごす時間が何よりも嬉しい。

 けど……あまり構い過ぎて飽きられないか……少しだけ不安……


「おっと。思い出の場所だな」


 コンビニからの帰り道、近道のつもりで公園を通った。そこの屋根付きベンチは……彼と初めて話した場所だった。


「あの時は普通にビビったぜ」

「……なにが?」

「そりゃ、お前。夜中に公園で一人酒飲んでる女が居れば誰だってビビるだろ」

「……そんな事も……あったね」


 今も昨日の様に鮮明に覚えてる。


「……コハクさん……なんであの時声をかけたの?」

「今なら解ると思うが、お前がヒスイと重なった。何て言うか……今にも死にそうな感じがな」

「…………コハクさん。少し……昔の話をしていい?」

「なんだ? 何かあったのか?」


 未だにあの時・・・の話を口にしないと言う事は、本当に覚えて無いんだろう。


「……きっとコハクさんは覚えてないと思う……だから……知って欲しいの」


 アナタが覚えていない……アナタとの思い出を、あたしはゆっくりと振り返りながら語り出した。






 それはまだ……あたしが高校生になったばかりの頃だった。

 中学の頃に母が亡くなって父と悲しんだ。けど……父は仕事をすることでその悲しみを紛らわしていたんだと思う。

 けど、あたしは……中々割り切れなかった。何とか高校受験は乗り切ったけど……笑顔を作る事は出来なかった。その頃から父との会話も最低限なモノになって、ただ居るだけの親子だったと思う。

 そんな中、父と母のアルバムを見つけた。写真の中の母はあたしの知る母とは全く違っていて、かなりの遊び人であったことを知った。

 アルバムを遡ると、ピアスを着け、メッシュの髪色をした母の姿が凄くかっこよくてさ。当時、ピアスは勇気が出なくて髪の色だけを染めてみたんだ。

 今思えば……もう少しだけ、大人になってからやればよかったと思う。


「なにー、その髪色ー。ちょーキモー」


 髪を染めて登校した日、クラスメイトからそう言われた。

 クラスで囁かれる様に笑われながらも一日を過ごすと、放課後に担任の先生から呼び出された。


「夜神……確かにウチの高校じゃ二年生までは髪色は自由だが、ソレはやり過ぎだ」


 クラスメイトや先生の言っている事は端から見れば正しいのかもしれない。けど……そう言う事じゃない……


 これは……あたしのお母さんの“色”だった。もう会えないお母さんの事を……忘れたくなくて……

 この髪色が笑われるのは……お母さんが否定されたみたいで、もう全部どうでも良くなって……一人で街中を歩いていたら――


「バカ、お前見る目がねぇぞ。今の滅茶苦茶カッコいいだろうが」


 傷心してたあたしとスレ違った際に……その言葉をくれたのはアナタだった。

 あたしは振り返ると、視線に気づいたアナタは振り返って笑ってくれたんだ。






「……コハクさんは覚えてないかもしれないけど……」

「………………うーん……んんん……あの時……か?」

「……ホントに覚えてる?」


 あたしは少し呆れながら何とか思い出そうとする彼を見る。


「まだ、あの街に居た時ってなると……タイミング的には少年院から出所した時だな。レイジと同時期に出たんだ」

「……レイジって?」

「ほら、カイトの件でやってきたヤツ居ただろ? アイツとは少年院で出会ってさ。結構ガチ目に喧嘩して、後々に“兄弟”の盃を交わした」

「……ヤクザって知ってたの?」

「そん時は、レイジは月下って名字だったし、本人も父親がヤクザって知らなかったよ。まっ更な盃だ」

「……そうなんだ」


 盃に良いも悪いもあるのかは知らないが、彼としてはクリーンなモノだと言いたいらしい。


「オレは大学入学が決まってて、アイツと一緒に夕立のおじさんとおばさんに会いに行ったんだ。ヒスイの事を少年院で話してて一度、写真が見たいってな。けど……その時には夕立家は取り壊されてた」


 あの“売り地”は彼だけでなく、多くの人間がそうあるべきだと判断したのだろう。


「……コハクさんの親は?」

「実家には行かなかったよ。オレも地元からは離れて二度と帰ってくる気はなかったし、親は面会も手紙も一度も来なかった。だから家族じゃないって切られたんだろ」

「……今はビスケットがいるよ」

「そうだな。サンゴ、あの時は目的がそっちだったから、お前の事を忘れちまってた。スマン」

「……いいよ。ここで……見つけてくれたから」


 彼と再会した屋根付きのベンチを共に見る。


「……ここで……コハクさんが雨宿りに入ってきた時……正直言って運命だと思った」

「…………だったのかもな」


 あたしと彼は見つめ合う。

 身長差からあたしが見上げる形になるので、少し背伸びしてキスをする。

 外では人目もあるからか、彼はこう言うことをしたがらない。けど、今は戸惑いなく受け入れてくれた。


「…………」

「…………」

「…………帰るか」

「…………うん」


 冷える空気をはね除ける様に身体の内側から上がる体温に、あたしも彼も顔を赤くしていたと思う。

 空いている手を繋いで共に家へ帰る。

 早なるこのドキドキを鎮める方法をあたし達は理解しているから。

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