第38話 このバーコードが!!

「やあ! 佐土原社長!」

「!? だ、誰だ!?」


 資料を詰め込む事に必死になっていた佐土原社長は、現れた黒船社長に驚きの視線を向けた。

 そりゃ、いきなりジャージ姿の見知らぬ男が現れたら誰だってそうなる。


「直接会うのは初めてですな! 黒船正十郎と申します! ジャージで失礼!」


 黒船社長は、キラッ☆ と、どこかのアニメキャラの様に頭上ピースを決めた。


「黒船!? お前は――」

「二代目です! 父の会社を正式に継ぎましてね! 今現在、父の遺したモノを整理している所なのですよ!」


 そのまま物珍しそうに社長室を眺め回しながら入って行く。


「入ってくるな! 不法侵入だぞ!」

「ふっはっは! それは見当違いと言うもののです! この会社は私の父のモノ! 建物も土地もです!」

「だが、その黒船は死んだ! ならば――」

「私が継いだと先程も仰ったじゃないですか! つまり、私の会社ですよ! 社長代理、お疲れさまでした!」


 黒船社長、スッゲー楽しそうに叫ぶじゃん。聞いてるこっちもなんだか愉快な気分になってきた。


「っな……ふ、ふざけるな! 俺がどれだけの労力を費やしてこの会社を維持していたと思っている!?」

「ほう! 佐土原殿は己の身を犠牲に世間の荒波にも負けず、会社の維持に勤めた、と?」

「と、当然だ!」

「はて? それは少し我々の調査と違いますなぁ」


 黒船社長は腕を組んで、わざとらしく首を傾げる。


「佐土原殿はここ数年、会社には殆んど顔を出して居られないと聞いておりますが?」

「し、四六時中、会社に居るわけじゃない!」

「では、普段はここに居るのですかな?」


 と、黒船社長は胸ポケットから一枚の写真を取り出すと佐土原社長へ見せた。それを見た佐土原社長の顔がみるみる青ざめていく。


「ふ、ふざけるな! な、なんだ! この写真は!!」


 そして、次には顔を赤くして写真をぐしゃぐしゃに丸めると、黒船社長へ投げ返す。黒船社長は、ひょい、と首を傾けて避けた。

 壁に当たって跳ねてきた写真をオレは拾って広げると、


「……なんじゃこりゃ」


 キャバクラのシャンパンタワーで豪遊する佐土原社長の姿があった。写真には時計が写っており、夜の7時を指している。


「お前らの稼いだ金で行ってるぜ~」

「ほっほう。救えないねぇ」

「……マジっすか」


 どうやら、このシャンパンタワーは会社の金を佐土原社長が横領して行っているらしい。

 更に黒船社長が追撃する。


「随分と“ユミコ”と言う女性に入り浸っている様ですな! 最近は車に高価な装飾品にマンションの部屋を一つ買い与えたとか! 随分と羽振りが良いようで!」

「で、出鱈目だ!」

「では、このボートは? こちらの車も高い買い物ですぞ。それとユミコとは別の女性との温泉旅行も中々の出費ですね! しかも全部平日ですよ!」


 花咲かじいさんみたいに、黒船社長は佐土原社長のプライベート写真をバラ蒔く。ジャージのどこにそんな収納スペースがあるのかは謎である。


「き、貴様!!」


 佐土原社長がキレて黒船社長に詰め寄る。拳を握りしめて今にも殴りそうだ。

 箕輪さんと国尾さんにオレは目配せするが、助けに行く様子はない。


「佐土原殿。もう、解放したまえ」


 黒船社長は哀れむ様な声で告げた。佐土原社長は止まらない。


「この会社は就職難に陥る者達が社会に対する受け皿としてなるように父が起こしたのだ。貴方の私物ではない」

「黙れ! これは……俺の会社だ! 全て……俺のモノだ!」


 佐土原社長は感情のままに黒船社長を殴った。頬を抉るような一撃に黒船社長は怯む。


「貴様は出て行――」


 と、佐土原社長は追い出す様に更なる追撃をしようとしたが、黒船社長に視線を向けられてピタリと止まる。


「ふっはっは! 確かに! 佐土原殿言うことも一理あります! これは失礼! それでしたら確かめてもよろしいですかな!?」

「な、何をだ?」

「入ってきたまえ」


 黒船社長は振り返り、覗き見していたオレに視線を向ける。彼の口からは殴られた際に中を切ったのか、血が流れていた。

 すると、どんっ、と箕輪さんに押されてオレは二人の社長の視線の先に出る。


「あ……ども」


 取りあえず、ペコリと挨拶。


「佐土原殿! もしも、この会社が貴方のモノだと言うのでありましたら、彼の事はご存知のハズですよ!」

「な、なんだと!?」

「こちらの界隈では中々の有名人でしてな! 私も知っている程の彼、会社の長である貴方なら知らぬハズはない! 彼の名前をこの場で教えて頂きたい!」


 オレってそうなんだ?

 黒船社長は佐土原社長へ視線を向ける。そして、佐土原社長が出した答えは――


「そんなヤツは知らん! お前らが連れてきたサクラだろ!」

「――――それ、本気で言ってます?」


 オレは無礼も忘れてそう聞き返した。


「部外者め! さっさと俺の会社から出ていけ!」

「ふむ。だ、そうだが。君はどう思うかね?」

「…………」


 オレは迷わなかった。と言うよりもそう言うべきだと感じて自然と言葉が出た。


「部外者はあんただろ」

「な、なんだとぉ!?」

「あんたはオレ達がいつも何時まで働いてるか知ってるのか? 1ヶ月、何日出てくるのか知ってるか?」


 今まで思っていた事が爆発するような感情が内側から込み上げてくる。


「オレ達は会社の為に働いてんだ! あんたが女に貢ぐ為に働いてんじゃねぇんだよ! ふざけんなよ!」

「なっ、なっ……」

「仕事に誇りなんか感じてない! 義務でやってる所もある! けどな……オレは目の前の仕事を適当にやろうなんて思った事は一度もねぇ! ふざけんなよ! このバーコードが!!」

「な……なぁぁぁぁ!! 貴様ぁぁ!!」


 バーコードが掴みかかってきた。オレはもう、ぶっ飛ばしてやるか、と構える。すると、


「言うじゃねぇか~、朝比奈ぁ~」


 脇から獣の様に出てきた箕輪さんが、バーコードの腰に低いタックルを極めて押し倒す。


「良いキャッチだ! 箕輪君!」

「ういっ~す。国尾~」

「ほっほう!」


 国尾さんが倒れたバーコードに、ぱさっ……とタオルを被せた。


「止めろ貴様ら! 暴行罪だぞ! 訴えて――Zzz……」

「ほっほう……クロロホルム、キマってるねぇ!」


 この人達怖っ……






 その後、黒船社長は外部と連絡を取ると、十分程でどやどやと人がやってきた。

 オレはなんか帰るタイミングを見逃して突っ立ってたが、


「朝比奈」

「部長……?」


 騒ぎを聞き付けたのか、帰社した部長が現れた。


「どうやら、黒船社長が上手くやってくれたみたいだな」

「……コレ、知ってたんですか?」

「前に黒船社長が来たときに全部聞かされていた」


 今回の事態を部長は把握していたらしい。


「佐土原社長が来たときに即座に確保出来る様にね。3階に潜伏してもらっていたのだ」

「それいつからです?」

「前に会った時からだ」


 1ヶ月以上も? マジか……この人。オレは黒船社長を見る。


「必要な書類は全部あるハズだ! 諸君、確認を頼むよ!」


 やってきた人達は開いた社長室の棚や金庫から様々な資料を取り出し、取捨選択を始める。

 佐土原社長バーコードはふん縛って国尾さんが、ほっほう! と担いで連行していった。

 そんな騒がしくなる中、


「せ――しゃ、社長!?」

「ん? やぁ! 甘奈君! 今日はもう帰って良いと言っただろう? なぜ、まだスーツを着ているんだい?」


 やってきた轟さんは社長の様子を見て驚いた様に駆け寄った。


「血、血が出てます! 病院っ! 病院に!」

「ふっはっは! ただの掠り傷だよ! この程度……もごもご……む? おっと歯だ!」

「歯が取れてるじゃないですか!」

「なに! 変な方向に生えていた親知らずだ! 丁度良かったよ! ふっはっは!」


 すっげぇ人だな……

 そんな何でもない様子で笑う黒船社長に轟さんはハンカチを取り出すと心配そうに血を拭う。


「……貴方はいつも……自分を犠牲にします。お願いですから……少しで良いので……ご自身を御自愛ください……」

「ふむ。君をそんな顔にさせるつもりは無かった。すまないね。しかし、事は一刻を争ったのだ」


 黒船社長はオレと部長へ視線を向ける。


「彼らの苦労を比べれば、親知らずの一本! なんて事はない!」

「……本当に……もう……正十郎さんって人は……」

「ふっはっは!」


 轟さんは少し呆れつつも、黒船社長の側から離れる気は無いようだ。


煙家えんか君! なんとかなるかい!?」


 黒船社長は資料を確認する一人の女性に問う。


「ああ。なんとかなるよ、社長。貴方が殴れた事も暴行罪として交渉の材料になる。今から緊急外来に行って、診断書を取っておくと良い」

「なら、ここは任せるよ! 甘奈君! 医者に行こうか! この親知らずは家の屋根に投げなければ!」

「タクシーは呼んであります」


 ふっはっは! と歩き出す黒船社長はオレと部長の前で止まった。


「君たちは惜しい人材だ」


 なんと黒船社長はオレらに頭を下げてきた。


「父の会社を護ってくれた事に感謝する。君たちがいなければ……とうの昔に倒産していただろう」

「……顔をあげてください、黒船社長」


 部長の言葉に黒船社長は姿勢を起こした。


「我々はやるべき事をやったまでです。そして、今回ソレがようやく報われた。感謝するのは我々の方です」

「……いやはや! 本当に君たちは私のような者には勿体ない!」


 すると、すっ……と握手を求めて来た。


「今後も、この会社を助けてくれますかな? 熊谷殿」

「それは勿論」


 その握手に部長も応じ、今度はオレに手を差し出す。

 オレもその手を強く握った。


「少しは職場環境はよくなりますか?」

「無論だ!」


 黒船社長は、ふっはっは! と笑った。






「てな、事があってな」

「……ふーん」


 オレは場の立ち合いを部長に任せて、帰宅するとビスケットと猫じゃらしで遊びながらサンゴにその事を話した。


「……会社の社長さんは何しに来てたの?」

「あのバーコード、会社の権利資料を別の所に隠そうとしたらしい。棚や金庫には鍵がかかってて、黒船社長達は強行には出れなかったんだと」


 なるべく非の無い状態で資料を得る為に機を伺ったらしい。


「……でも、1ヶ月隠れるのは……ちょっとおかしい」

「それはオレもやべぇと思った」


 黒船社長達は社長室から一つ挟んで隣の部屋に潜伏していたらしく、寝袋とかWi-Fiとかパソコンを持ち込んでいた。

 多分、仕事もしてたんだろう。


「……その黒船さん……良い人なの?」

「まぁ……」


 オレは黒船社長がバーコードに殴られた時の事を思い出す。


「あの人の為なら働けるって思えるくらいの人だよ」

「…………コハクさんがそこまで言うなら……良い人なんだね」


 これからどうなるかは解らないが……黒船社長の発言からして会社が無くなると言う事は無いだろう。


 その結果は一週間後、部長から告げられる事になる。

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