序章

ー 訪れた闇 ー

第1話

梅雨真っ只中の蒸し暑い深夜。



雨上がりに出来た水溜まりが残る道を、暗闇から現れたひとつの黒い影が一歩一歩と軽快な足取りで進んでいく。

雨降りの間に見えた一筋の月明かりは黒い影が進むその道を照らし、まるでその影を導くかのように真っ直ぐにのびていた。



パシャ、パシャ・・・


静かな夜に聞こえるのは水溜まりを割る音。


パシャ、パシャ、パシャンッ。



不意に黒い影がピタリと止まったその場所は一般家庭のごくごく普通の一戸建ての家。



綺麗に手入れがされたかわいらしい庭のあるその家は、陽の光が降り注ぐ大きな窓とクリーム色の柔らかな色合いの壁が上品かつ住人の穏やかさを醸し出しているようだ。



その二階の一部屋の窓を見つめた黒い影は唇が弧を描くように、ニヤリと微笑んだ。

そして、視線を窓から落とすと腰の高さの門を抜け、玄関までの階段をゆっくりと上り始める。



玄関ドアの前に立つと、ズボンのポケットへと手を入れた。中から取り出された銀色のそれは、月明かりに照らされ妖しくキラリと揺れた。



それを慣れたように差し込み、静かに傾ける。

ガチャリと響いたその音に暗闇に動く二つの瞳はゆらゆらと満足気にうごめく。

そして、暗闇でも温かな空気を纏うその空間を裂くように黒い影はいよいよ足を踏み入れた。



一階の部屋には目もくれず、二階へと続く階段へ一直線に足を進める。



迷うことなく廊下を進み、ある部屋の前で足を止めた。

ドアノブに手を掛け、ゆっくりと回す。足を踏み入れたその部屋にはキングサイズのベットが一つ、部屋の中心に置かれていた。



ベットの右側に歩み寄る黒い影。そこに眠るのはこの家の住人である夫婦と、その間には幼い娘。

娘に寄り添うように眠る母親の横に黒い影は佇み、顔を覗き込むようにして近付くと耳元で静かに呟いた。



「待たせてごめんね。迎えに来たよ、僕の美生(ミオ)。」

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