第35話 君の中に眠るのは

 驚いているその間にも触手が牙を剥く。走っていたがとうとう足がもつれ、転倒。

 振り返ればすぐそこに迫る牙。

 思わず息を止めた。


「ラズ!」


 そこへどこからか現れたのはシリシラだった。

 シリシラは持っていた杖で触手を叩き、攻撃を防いでくれた。


「大丈夫かっ」


 差し出された手をつかみ、立ち上がる。魔法使いなのに杖で殴打したり、こうして自分を引っ張り上げたり……自分も何かしらトレーニングをした方がいいかも、と密かに思った。


「シリシラ、あれは――」


 視線の先にいるのは宙を漂うセネカの足元で戦う、マッカとレイシーの姿。彼らが戦うのは、まぁ珍しくはないが。この事態でレイシーがマッカに剣を向ける理由がわからない。


「ラズ、よく聞け。レイシーの中には、ある魂が混在している」


 日常的には絶対に聞くような言葉ではない。それを聞いた瞬間、心臓が不安も混じり、大きくはずんだ。


「あいつは大地の民の血を引いている。それだけでお前はこの意味がわかんだろ? ヤミナとカミナのことを考えてみりゃ」


 わかる……代わりに返事をするように、もう一度心臓がはずむ。大地の民の血を引く者、その力がどんなものか。とにかく色々な力を出せること、同じ大地の民の魂を身体に共有できること。


(いつから?)


「大地の民の血は今じゃあ誰に流れているかわからないらしい。そこら辺にいるやつら全員に流れてるかもしれねぇし、オレ達にも流れていたかもしれねぇ。だがオレ達はないと証明されている。ただ一つわかる方法として、あの大穴に漂う大地の民の魂。それを身体に取り込めるかどうか。それが判断基準だと、ヤミナは言っていた」


 少し前、カミナとのゲームが終わった後、ヤミナが現れ、そしてシリシラも転送させられた。その直後、自分はヤミナによって意識を断たれたが……多分その時、ヤミナはシリシラに全てを話したのだろう。


「シリシラ……レイシーは、そのことは知ってたんだろうか」


 シリシラは唇を噛み締め「全部ではないと思う」と言った。


「オレは全部聞いた。お前にかかった呪いのこと、その呪いの大元のこと……ただ、あいつにはその呪いの原因のことは知らせていない、知らせてはいけないんだ、とヤミナが言ってた」


 知らせてはいけない。

 それはなぜか。今考えたところで答えがわかるわけはないが、わかるのは今レイシーの中には大地の民の魂があるということ。そして操られているセネカの助太刀をするということは、レイシーの身体はその魂に操られている。


「あともう一つ、ヤミナが言っていたことがある。ラズがレイシーを傷つけたり、傷つけるようなことを言わせてはダメだと。ただでさえ傷ついている魂を、これ以上追い詰めてはダメだと」


 ヤミナは知っているのだ、レイシーの中にいる傷ついた魂とやらが。


(傷ついた魂……傷ついた大地の民)


 過去のカルストは様々な人間、そして大地の民を傷つけている。誰の恨みを買おうが自業自得だ。


「だから、さっき……お前がレイシーを傷つけそうなことを言いそうな気がしたから、お前を転送魔法で飛ばしたんだ」


 そう言われ、さっきのことを思い出す。レイシーがシリシラが自分を好きだの、自分はずっと好きだったの、と。こんな時にそんなことを言うものだから。

 あの時、自分が言おうとしたことは――。


『そんなくだらないことを言ってる場合じゃないだろ!』


 少し前にも自分はレイシーを傷つけたことがある。


『お前が見つけるから!』


 何度も逃げたのに、自分を追いかけてくるレイシーを拒否した言葉だ。レイシーは言葉には出さなかったが、しばらく自分を避けていたことを思うと絶対に気にしていたと思う。

 それなのに、さらに彼を傷つけてしまったら。


「……ラズ、言いにくいけどよ――」


 シリシラが神妙な面持ちをしている。


「お前の先祖はエイリス達を傷つけた。一生取り返しのつかないほどだ。その血筋のお前が、知らなかったとはいえ大地の民の血筋を、あいつの想いをさらに踏みにじるのはどうかと思う。オレだって嫌だぜ。好きなやつに『そんなくだらないこと言うな』って言われたらさ」


「――っ」


 脳天に直撃を受けたような衝撃だった。あらためて自分が犯しかけた過ちの重大さを思い知らされた。自分はレイシーの心を傷つけようとしたのだ。好き、という彼の純粋な想いを。


(俺は、先祖と変わらないじゃないかっ……)


 人の想いを、想い合う二人の糸を。無理やり引き千切った先祖と。


「だけどよ、心配すんなよ」


 つぶされかけた心に、あたたかい言葉が降る。


「オレはお前の味方してやる。お前が間違いを犯しそうだったら止めてやるよ。せっかく仲良くなったんだしな」


 シリシラは不敵な笑みを浮かべる。


「正直言えば、オレはお前を好きだぜ。ちょっと前なら信じられねぇことだ……でも好きになるなんて時間とか関係ねぇんだろうな。不思議だよな。けど面白れぇよ。あいつに負けてたまるかってムキになっちまうんだ」


 シリシラの言葉を、自分は一つ一つ聞き、うなずく。このありがたい存在が現れたことに感謝して、胸が熱くなって。


「だからお前にはあいつを傷つけてはほしくない。なぁ、お前にとって、あいつはなんだ?

そろそろあいつのことを見てやった方がいいんじゃねぇか? 余計なお世話かもだけどよ」


 そう言い、シリシラは杖をかまえた。彼の視線の先には剣を交えるマッカとレイシーがいる。

 マッカは大剣を振るってはいるがレイシーを斬る気はないようだ。うまく受け流している。


(レイシー……お前を、俺は……)

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