ごめんね、ヒロイン

第1話

「お前がいれば変われる気がする」



そう彼は言ってくれたけど、それって恋じゃないのか。

好きな人に言うセリフだろ、たぶん。

彼は必死に戦友と言い張り否定する。だけどたまにデレる。


彼も私も好きな人のために婚約破棄してもらわなければ困るのだ。

だから私は男爵令嬢をいじめる。

正確にはぬるいいじめ方だが、メルシャンは芝居が下手くそらしいので、打ち合わせはしない。


(ごめんね、メルシャン。後でいい感じにアレックスに慰めてもらってね)



今日はメルシャンの教科書にインクとペンで犬の絵を描いた。


「なにこの卑猥な感じのタヌキ……」


(いやぁ、立っているお犬様の絵なのだけど)


「この股間のところの黒塗りが下品だわ」


(いやいや、それブチ模様なのですけど)


メルシャンの友達は口々に絵の批判をした。

私の絵は壊滅的に下手くそなので、描いた側も描かれた側も羞恥のダメージは大きい。

一日一悪、私ことエレノア、悪役令嬢にふさわしい座右の銘だ。


こんなことしていて私の想い人に嫌われないのかってことなのだけど、クリストファーには説明済みなのでよしとしてもらおう。


メルシャンは顔を真っ赤にして恥じらっているが、そもそもそんなハレンチな絵を描いたつもりはない。

思春期の想像力はたくましいなと感心していたら私の婚約者・アレックスが来たようだ。

少し離れたところから見守る。


アレックスはお犬様の絵を見て片手で口を塞ぎ、困ったような顔をする。どうやら笑いを必死にこらえているようだ。

そして何も言わず、メルシャンの教科書と自分の教科書を入れ替えた。

メルシャンが遠慮して教科書を取り戻そうとするが、アレックスはメルシャンに言う。


「私の教科書なら誰も落書きしないから交換しよう。そんなことしたら不敬になるからね」


メルシャンは顔を赤らめてうなずく。

アレックスはメルシャンの代わりに笑い者になるが、身を挺して守るってことだろう。


(いや、黒幕がよく言うよ、腹黒王子め)


嫌がらせの内容は打ち合わせしていない。ただ一日一回メルシャンに地味ないたずらをする。

あとで、アレックスとクリストファーに大笑いされるくらいだ。


卒業パーティーで断罪されて婚約破棄が成立したらメルシャンに全て打ち明けよう。そして許されるまで三人で何度も謝ろう。

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