家に住むということ
口一 二三四
家に住むということ
膠着状態から二時間。
ついに夜が明けた。
パンツ一丁で何をやってるんだという自問自答はこの際置いといて、一度気になってしまったものは仕方ないと割り切り起きたわけだが、ただ布団にあぐらをかいて問題の箇所を眺めていたわけではない。
私には私なりの考えがありまたそれが今できる最善だと思っている。
だからこんな早朝にできることがあまりにも少なく手持ちぶさたになっているのも痛感していた。
その証拠が通販サイトの履歴だろう。
対抗できる手段を探る指で不必要なモノを衝動買いしてしまった。
これに関しては別件での利用を思いついたので問題というわけではない。
むしろ棚からぼた餅的好都合さすらあったりもする。
それよりも今は別の問題だ。
いやこの場合通販サイトの衝動買いが別問題で今直面しているこれこそが本題ともいえる。
ネズミが出たのだ。
部屋に、一匹のネズミが。
遡ること二時間前。猛暑が続く夏の夜。
暑さにうんざりした私はいつものように網戸のままパンツ一丁で寝ていた。
特に夢も見ず寝入る私は違和感にまぶたを開いた。
突然の起床。
惚ける頭とは対照的に手は枕元の殺虫剤に。
確実に、部屋の中に、何かいる。
人なのか虫なのか、霊的存在なのか。
わからないまま真っ先に殺虫剤を手にしていたのは恐らく苦手意識からだろう。
虫に対してそこまで嫌悪を抱かない私も黒いアイツとなると過敏になる。
幾度となく重ねてきた死闘。
頭は不完全でも心と体に刻まれた『覚悟』が己を動かす。
戦場に身を置く兵士とはこういう在り方なのだろう。兵士に謝れ。
ただ誤算があったとすれば。
手にしていたのが隣に置いていたファブリーズであったこと。
現れた何かが想像していたどれもに該当しなかったこと。
壁の端から端へ。
綱渡りでもするかのようなバランスで蠢く小動物が一匹。
ネズミだ。
ネズミ。
げっ歯類。
体長二十はあるネズミが長い尻尾を振りながら行き来していた。
十年ぐらい前壁に飾ったTシャツ二枚を足場にしてヒョイ、ヒョイと。
エアコンから向かいのクローゼットへ。
目で追うことしかできない人間を嘲笑うかのように見事渡り切ってみせたのだ。
身動きが取れなかった。
寝起きだったのはもちろん関係しているが、それ以上に。
自分よりも遥かに小さい侵略者に、不覚にも怯えてしまったのだ。
パンツ一丁仰向けのままどうするか考えた私は、屋根裏に逃げただろうと割り切り寝直そうとした。
しかしどうにも上手くいかない。
目をつぶれば考えるのはさっきの光景。
自分の部屋にネズミが出たという事実。
思い返せば符号する、予兆。
数日前。
階段付近で米粒のようなものを見つけた。
密集するように撒かれたそれがフンであると気づけたのは昔見たことがあったから。
人がいれば営みが生まれる。
営みが生まれれば相応の隙ができる。
そんな隙間にこそネズミは巣を作る。
迷惑この上ない話だかそれは人間側の都合。
ネズミ側からすれば至極当然、生きるための本能である。
とやかく言うのは同じ哺乳類として烏滸がましい。
住むとは即ち共存であり共栄でもあるのだ。
しかし住み分けは大事だ。
お互いがお互いの領分を守るからこそ関係性が生まれいらぬ小競り合いをせずに済む。
この場合の領分とは姿を現すか現さないかであり見ない間は放っておくということ。
フンを見つけても、例えそれが怠惰だとしても、片付けるだけで済ませたし、廊下を歩いている音がしても視界に入らなければまだいいと放任することができた。
が、今回はさすがに見過ごせない。
部屋とはつまり不可侵の領域。
ネズミに巣があるように、人間にも巣がある。
綺麗に保ててると言いがたい部屋。
それでも掃除はしているし、整理整頓もしているし、人並みの愛着もある。
ノックもなく来訪するのは構わないが、我が物顔で歩き回るのは無遠慮と文句を言うしかない。
長々と考え朝の七時前。
敵は依然クローゼットの中。
もしかしたら人間にはわからない隙間から出て行ったのかも知れない。
それでも、そうだとしても。
策を打たない限りこの不安は解消されない。
最悪寝ている間に乳首を噛み千切られてしまう。
それほどまでにネズミの前歯は鋭く、人間の乳首は脆いのだ。
戦いの一日が始まる。
網戸に止まったセミがそう告げている。クッソうるさい。
調べるべきことは調べた。
家に出るのはドブ、ハツカ、クマのいずれかだとリサーチ済み。
あとはホームセンターが開くのを待って買い出しに行くだけだと予定を改め。
私は朝日と共に二度寝するのであった。
家に住むということ 口一 二三四 @xP__Px
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