第五話 衝撃と思考停止
――――何も見えない。
体も動かない。まず、体の感覚さえ無い。
妙な浮遊感と何も聞こえない空間。
何も…聞こえない?いや聞こえる。
誰の声だか分からない。誰だ?
「――様っ!このままでは国民の命が危険にさらされてしまいますわ!」
誰の声だ?聞いた事ない声だ。
どこか幼さを感じる、透き通った女性の声。
聞いていて心地よい声だが、少し緊張感を感じる声調だ。
「このような事…絶対にあってはなりませんのよ…」
「――。これはもう決まったことだ。今更覆ることは無い。」
幼さを感じる女性の声に対して、重厚感のある男性の声が聞こえる。
何か言いあっているようだが、一体何の話なのかさっぱりわからない。
しかも、大事な名前の所も抜けている。
まあ、名前を知ったところでなんだけども。
「そんなの、やってみないと分からないですわ…!」
「まあいい。止めたければ自らの力で止めてみせよ。」
……。
話は終わった…っぽいな。
二人はどんな関係なのだろうか?
会話の雰囲気としてはどこか身分差があるような雰囲気だ。
それが親と子供としてなのか、上司と部下としてなのか、またはそれ以外なのか。
にしてもこんな典型的なお嬢様口調、今の時代にいるだろうか。
……時代?
時代がどうのこうのの前に、まず世界がおかしいじゃないか。
やけに中世を感じる建物に、現代ではありえない服装の人々。
すっかり忘れていた。
考え込んでいたら、だんだんと頭がぼんやりしてきた。
それは夢から覚めるような……。
そうだ。これは夢だ。
夢だったんだ――。
――――鳥の囀り。瞼から微かに溢れる光。
新たな一日の始まりだ。
少し重たく感じる体を起こして瞼を開くと、そこにはいつもと変わらない見慣れた自分の部屋が……あるはずもなく。
どうも見慣れない西洋的な部屋が広がっている。
(そうか…夢じゃないのか。)
自分が今見ているこの光景こそ、嘘や夢であって欲しい光景なのだが…。
睡眠を取ってしまったことで、夢ではないという信じ難い"事実"が確定してしまった。
……うん。二度寝しようか。
二度寝しよう。そうしよう。
寝まくって全て忘れよう。
だめだ。何の解決にもなってない。
とりあえずは起きよう。起きて考えよう。
今日からどうすればいいのか。
何をしたらいいのか。
戻る方法はあるのか。
考えなくてはならないことが沢山ある。
一つずつ解決しなくちゃね。
……よし。そうとなれば行動だ。
掛け布団を折りたたんで地に足をつけると、生きているというリアルな感覚が伝わってきた。
この感覚も、この光景が全て夢ではない、現実であるという証拠なのだろう。
目を覚まし、最初に目についたものは……
ベッド。
そうだ。まずはベッドを綺麗にしよう。
そう考えた僕は、ついさっきまで自分が寝ていた真っ白な布団を片付け始める。
僕は比較的寝相が良い方だ。
枕も掛け布団も、昨夜の状態からそれほど動いていない。
そのせいか、かなり早く片付けが終わった。
(これで大丈夫かな。)
布団の片付けが終わった僕は、化粧台に置かれている袋に気がついた。
そうだ。昨夜、店主さんが置いていった缶詰めなどが入った袋だ。
袋を開くと、中には果物が入った缶詰めと鯖缶のようなものが一つずつ。そして、水が入ったボトルが一つ入っていた。
(この世界にも缶詰めはあるんだな…)
そう感心していると、階段が軋む音がした。
この音は…店主さんだ。
まあ、店主さん以外に開ける人がいないと思うけど。
そして扉が開く。
「どうだ?よく眠れたか?」
「は、はい。よく眠れました…」
寝慣れた家じゃなくても案外よく眠れたな。
「そうか、なら良かったぜ。……ん?お前さん飯食ってねぇのか?」
「あ、まだ食べてないです…」
「腹減らねぇのか?あんまり食わねぇでいると、いざと言う時に動けなくなるからな。しっかり食べといた方がいいぜ?」
確かにごもっともだ。
食事を疎かにしすぎて、一度倒れたこともある。
食事って本当に大事だ。
「そ、そうですよね。後でしっかり食べます…」
「おうよ。んで話は変わるんだが、お前さん今日からどうするつもりなんだ?」
どうするつもり…?ってそうだ!!僕は生きる手立てがない!!
お金も家も何も無い!!
明日の食料も保証されてない!!
どうしようどうしようどうしよう。
餓死するしかないのか…?僕は…。
「そ、それが全然、決まってなくてですね…はは…」
「お前さん、そんな状態でこの街に一人でやってきたのか…?ほんとにおかしなやつだな…。」
「そ、そうなんです…あはは…。」
何も言い返せないのが悔しいな。
全て本当の事だ。……うん。
「とりあえず、何日かはここに泊まっていけばいい。だが問題その後だな。ずっと泊めるってのもお前さんのためにはならないからな。」
「た、確かに…。」
「そこでいい話がある。とっておきのな。」
「とっておきの…ですか…?」
「あぁ。それはな…。お前さん、学生にならないか?」
???
学生になる…?って僕は元から学生なんだけど…。
まあ、この世界には関係ないか。
「学生…ですか…?」
「そうだ。この街で一番有名な、王立ヴァルヘイム総合学院ってのがあるんだが、そこが今、入学の受付中らしいんだ。」
王立ヴァルヘイム総合学院…か。
すごく堅苦しそうな名前だが、一体どんな所なんだろう。
というか、そこに入ってどうするんだ…?
「入学の受付中…。そ、そこに入ったら何かあるんですか…?」
「それがな……あるんだ。寮に制服、それに飯もついてくるんだ。」
(!!!)
その瞬間、僕の背筋に電流が走った。それはそれは大きな電流が。
衣食住に困っている今、その話はまさに救いそのもの。
「そ、それは嬉しい話ですけど…今はお金がないので…その…。」
「安心しなお前さん。金は全部向こうが負担してくれるぜ。こんなおいしい話…めったにないだろ?」
確かにめったにない話だ。今僕に必要なものがきちんと揃っている環境が手に入るチャンス。
だが……おかしい。あまりに都合が良すぎないだろうか。
こんなおいしい話、きっとタダでは無いだろう。
それはそれはすごい何かが待ってる…かもしれない。
「た、確かに…でも、こんなにいい話はなにか裏があるんじゃ…」
「裏、って言うほどでも無いが、入学したら卒業までがかなり厳しいという噂があってだな…。」
厳しい…か。厳しいというのはどんな厳しさなのだろうか?
「厳しいってのは、その…試験とかが難しいとか、ですかね…?」
「噂程度だから、あんまりはっきりとしたことは知らねえな。まあ、噂程度だから気にしないことだな。」
「ですかね…はは…。」
え??本当に大丈夫なのかな?何も無いよね、ね?
え?信じるよ??いいよね??
「まあ物は試しだからな!やってみなきゃ分からない、だろ?」
「……はい。」
「よし!そうとなれば行ってきな!いつまで募集してるか分からねぇからな!」
ほぼ拒否権なんてないよね…。ね。
「わ、分かりました…とりあえず考えてから…」
「お前さん、考えてる暇なんかねぇぜ?思いついたら即行動だからな!」
「わ、分かりましたから!そんなに急がなくても!」
そうして僕は渋々、その怪しい学院へと駆り出されることとなった。
――賑やかな大通り。
活気を取り戻した街を、一人たどたどしく歩く。
(ほんとに賑やかだなぁ…)
広場を抜け、再び大通りへ。
歩いていると、
まあ、冒険者協会の看板なんだけどね。
昨日歩いたのは、確かここまでかな。
その、学院?に行くにはもっと奥へ行かなければならない。
だけど…
この道全然終わりが見えないね!?
人混みのせいか、道が長いだけなのか分からないが、向こう側が全く見えない。
遠くの方に大きな城があるのは見えるけど、それ以外が何も見えない。
……どれだけ歩くのだろうか。
そう考えていると、またまた開けた場所にやってきた。
空気が新鮮だ…と思いつつ少し深呼吸。
深呼吸をすると思考が澄み渡る…気がする。
深呼吸のせいか、あるものが目につくようになった。
それは、昨日より若い人が増えたことだ。
やけに多い。二人に一人は学生のような若さだ。
…ん?学生のような若さ?
まさか。
この人たちは僕と歩く方向が一緒だ。
みんな城の方向に歩いている。
僕の場合、正確には学院の方向に向かっているのだが…。
これみんな学院に向かってるんじゃないの?!?!
やけに若い人が多いと思ったけどさ?!
でも、もしそうだとすれば、かなりの人が入学の申し込みに来ていることになるな…。
ここにいる人だけでもざっと100人はいそう…かな?
とりあえずはその人たちについて行けばたどり着きそうだ。
――そして五分ほど歩いてようやく…
(着いた!やっと着いた…!!)
めっちゃ長かったな…。
人混みの中を歩くって結構疲れる。
それはさておき。
ここがその学院…?か。
日本の学校とは比べ物にならないくらい大きい。
校舎?もそうだし、入口の門から既に大きい。
相当なお金がかかってるんだろうなぁ…。
と、考えていると…
「入学の受付はこちらです!」
受付へ案内する声が聞こえてきた。
とりあえずそれに従って歩いてみると…。
なにやら入学の受付待ちらしき列に案内された。
(すごい長蛇の列だ…)
さっき通りを歩いていた人数の倍はいるであろう人々。
ていうか…
この列を待たないといけないの…?!
すごく長い気がするんだけど…。
考えただけで気が遠くなりそうな長さだ。
「はぁ…さっきから全然進まないなぁ…」
思わずため息混じりに愚痴を漏らしてしまった。
すると後ろから…
「ねぇ!君も申し込みに来たの?」
という声と共に、僕の右肩が叩かれた。
……え?
誰?
後ろから急に聞き覚えのない声で呼ばれ、普段誰にも叩かれないような肩を叩かれたため完全に思考が停止してしまった。
……。
(???)
現実を受け入れられない脳は、もう動きたくないと言っている。
果たしてこの脳は、再び動くことはあるのだろうか…。
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