第2話
バイトに向かう足取りが、自分でも分かるぐらい浮かれている。
大学生になって初めてのバイト、初日で挨拶をした教育係の望月くんに、恋をした。
すごくドキドキするし、緊張するし、大変だけど、望月くんに会えるのが、すごく楽しみ。
一緒に働く時間は、いつもあっという間に過ぎてしまう。
仕事中にプライベートな会話はできないから、もっと話したいな、一緒にいたいなって気持ちが、どんどん高まった。
シフトが被らない日は、すごく寂しい。
覚悟していた以上に落胆した。
望月くんと被ってるの確認するの、やめようかな?って悩むぐらい落ち込んだけど、確認せずにいられなかった。
今日は望月くんと入りも終わりも一緒のシフト。
嬉しくて嬉しくて、早く早くと焦る気持ちが私をお店へと急かしていた。
「おはようございます!」
「おはよう里帆ちゃん、今日もよろしくね」
店舗に出ていた社員さんの菜子さんを発見。
挨拶すると、菜子さんも笑顔で返してくれた。
菜子さんはいつ見てもおしゃれ!誰が見てもアパレル店員!とわかる服装と出立ち。
働くようになって、1番に憧れた先輩は菜子さんだった。
可愛くて優しくて、いつも笑顔で周りを見てくれる。
菜子さんは雰囲気にも人柄と魅力が滲み出る素敵な人。
菜子さんの可愛い笑顔に癒されて、今日の仕事のやる気も満タン!
洋服を見ているお客様のぶつからないよう、人がいない通路を抜けてバックヤードの扉の前までやってきた。
深呼吸を1つ、2つ。
ゆっくりと扉を開ける。
「お疲れ様ですー…」
中は少し暗い作りになっていて、新作商品や在庫を入れる倉庫の役割も担ってるバックヤード。
店舗の裏側にあるとは思えないぐらい広かった。
最初に中に通されたときは、思わず「広い…!」とびっくりしたぐらい。
真ん中に置いてある大きな長方形のテーブルには、手作りのサンドイッチを食べてるはせくんと、テーブルに突っ伏して寝ている…。
「望月くん?」
「そう、”望月くん”。昨日夜更かししたから眠いんだって。早く講義が終わって、時間まで寝るらしい」
はせくんがお弁当につめた美味しそうなサンドイッチを食べながら、望月くんが寝ている理由を教えてくれた。
(長身の望月くんがテーブルに突っ伏して寝るのは、窮屈そうだなー…。)
寝ている望月くんと眺めると、長い足が向こう側の椅子の下まで届いてるのが見えた。
はせくんは、望月くんの長い足を避けるように反対側に座ってる。
わたしは背負っていたリュックを荷物置き場に置く。
必要なメモ帳とペンを持ったら、望月くんの足を邪魔しないように、はせくんの隣に座った。
「はせくんのお弁当は、はせくんが作ってるの?」
「そうだよ。一人暮らしだから適当だけど。」
「すごいね、いつもおいしそうだよ」
「食べる?」
「いいの?ちょっとだけ食べてみたいかも…」
「ん」
「…え!」
はせくんがお弁当箱から新しいサンドイッチを片手でとると、わたしの口の前までもってきた。
片手でサンドイッチをとれちゃうはせくんの手って大きいんだな…。
なんて呑気に思って見てたら、はせくんの手元がわたしの口元前で止まる。
え?このまま食べろってこと?
それとも受け取ってから食べればいいの?
はせくんの様子と言葉が足りな過ぎて、瞬時に判断して行動することが出来なかった。
はせくんはわたしの様子になんの反応もしない。
じっと私を射抜くように見つめていて、どうしていいか、本当に分からない。
どうしようどうしよう…。
反応に困っていると、望月くんが目を覚ます音が聞こえてきた。
「ん…、おはよー…。はせ、なにやってんの?」
挨拶した望月くんが、はせくんの様子を見て固まる。
「里帆にサンドイッチ食べさせようとしてんの」
「え!食べさせようとしてくれてたの!?」
「はせ、落ち着こう。三上さん、状況を理解してないから」
「里帆は俺の手からだと食えないってこと?」
「受け取れの意味か、このまま食べろの意味かわからなくて…!」
「じゃあいいじゃん、意味がわかって。このまま食べろ」
「ちょちょちょちょちょっと待て!はせ!待て!普通に考えて、はせの用意した選択がずれてるから!」
寝起きの望月くんが、瞬時に目が覚めました!というぐらい慌ててはせくんを制止した。
はせくんの手から受け取ったサンドイッチを口に含みながら、2人の様子を見つめる。
サンドイッチはとってもおいしくて、「はせくん、天才」と声が思わず漏れた。
「はせ、あーんと食べさせるのは恋人同士がやること。三上さんに強制することではありません」
手のかかる生徒に言い聞かせる先生のように、望月くんがお話しする。
はせくんは聞く耳持たずの状態。
長い足を組み直して、魔王が君臨したかのようにふんずり返って座ってた。
「里帆だって嫌がってはなかったし」
「戸惑ってはいただろ…」
「なら、恋人同士になる?」
身を乗り出して顔を近づけるはせくんは、面白い獲物を見つけたような嬉しさ満載の笑顔を浮かべてる。
はせくんのようなイケメンを前にして「無理です!!」と口にすることができるはずもなく。
烏滸がましさを理解した上で、首を横に振って意思表示するのが精いっぱいだった。
「はせー…、三上さんをからかいすぎだから…」
寝起き早々、頭を抱える望月くんに、申し訳ない気持ちになる…。
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