第38話

あのフロアでのあと、気まずかったのに、はせくんは何事もなかったように戻ってきて…。


 菜子さんが、「はせくんに行かせて、わたしたちが今度はゆっくりしよう」と、言っていた両替に行かせた。

 

 本当に、いつも通り。


 何事もなかったかのように、みんなで退店できる時間まで、バックヤードで待機。


 最終チェックを終えて、退勤手続きをして、揃って従業員出入口へ。


 久保田さんと菜子さんは同じ方向へ、わたしとはせくんは…、一緒に駅まで。


 はせくんは、乗ってきたバイクを曳いて、わたしを駅まで送ってくれた。


 そのときの会話は、ない。


 静かで、わたしから話題を出すことも、できず…。


 はせくんの表情から、気持ちが読めなくて、不安になった。


 なにを考えてる?なにを想ってる?


 今のはせくんの気持ちがわからなくて、キスされたことを、どう対処していいかもわからなくて。


 終わりにできた恋の余韻と安堵を感じる暇もなく、はせくんのことが、頭を悩ませた。




 いきなりキスしてきた理由は、わかってる。


 はせくんが言ったもん、やきもち妬いたからって。


 わたしが起ったのは、フロアでしたから、人目があるところだったから…!


 しかも、仕事中…!!!


 クッションを顔にぼふっとぶつけて、こみ上げる羞恥心を一生懸命、逃がしていく。


 (はせくんはあの場でしても平気なの⁉)


 思い出しても恥ずかしくて、思い出さないようにしても浮かんできて、…恋愛経験の少ないわたしには、上手に処理できない。


 しかも、その後の、はせくんの態度が…、冷たく見えて…。


 なんで、キスした後に、冷たくするの…?

 

 今までわかりやすかったはせくんの気持ちが、今は全く、わからない。


「…、わたし、助けてもらってばかり、だった…」


 はっとした。


 はせくんは、いつも真っすぐに気持ちを向けてくれた、言葉にしてくれた、行動にしてくれた。


 わたしは、いつも迷って、悩んで、逃げて、はせくんに助けてもらって、望月くんと向き合うことができた。


 望月くんとの恋を、終わりにすることができた。


 はせくんが、わたしに向けてくれる気持ちと、くれる言葉と、優しさに、なにも、応えようとしていなかったのに…。


 どんな気持ちで、ずっと、いたのかな…。


 望月くんを好きなわたしを、どんな思いで見ていたんだろう。


 望月くんと一緒に帰るときになったときも、心配をかけたし、今日だって…。


 はっきりしない、結論を出せないわたしを、責めたことは一度もなかった。


 わたしを心配して「ばーか」っていうことはあっても、わたしの気持ちや意見を尊重して、見守ってくれる。


 いつも、わたしの味方でいてくれた、寄り添ってくれた、そんな存在を、わたしは、…わたしは…。

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