傷つく覚悟を決めて④/わたしが知らない、好きな人。

第20話

「三上さん、帰ろうか」


 爽やかな笑みを向ける望月くんの後ろから、刺さるような目線を向ける久保田さん。


 と、「やめなさい」と制止する菜子さんの姿。


 久保田さんの様子から、すごい圧を望月くんの背中に送ってると思うんだけど…。


「?、どうかした?」


「……ううん、なんでもない」


 気づいていない望月くんに、笑みを浮かべて返事した。


「お疲れ様です。お先に失礼します」


「お疲れ様です」


 望月くんの挨拶に続いて、わたしも挨拶する。


「お疲れ様。明日も頑張ってねー!」


「お疲れ様ー!」


 手を振る久保田さんと菜子さんに見送られ、2人より先にお店を出た。


 一緒に並んで、暗くなったフロアを歩きながら、従業員出入口に向かう。

 

 距離をとって歩いているはずなのに、ふとしたときに、望月くんの香水が強くなる。


 並んで歩く望月くんに目線を向けると、自然と、違和感を感じさせないように、距離が近くなっていた。


 もう少し近づいたら、手が触れてしまう…。


 このドキドキ感になれていないわたしは、硬直しそうな体をなんとか動かして、前に進んでいたけど。


 従業員出入り口に入る直前、望月くんの手が、私を捕らえた。



「………っ!!」



 ーーーーーパッ



 信じられない光景が、目の前に飛び込む。


 まさか、じぶんが望月くんの手を振り払うなんて、思ってもみなかった。


 好きな人が繋いでくれた手を、離すことをするなんて。


 そして、好きな人が、彼女がいるのに、自然と手を繋いでくるなんて、思ってもない。


「……っ、望月くん…」


「……うん」


 じわっと涙が込みあがる。


 視界が少しずつ歪んでいく中で、目の前の望月くんは、わたしの知らない人に見えた。


「話が、したいです…」


「…うん」


 知らない人に見えるのに、傷ついている様子が分かると、胸がぎゅっと締め付けられる。


 わたしが見ていた、好きになった望月くんは、表面しか見ていない部分だったのかな。


「ごめんね」


 申し訳なさそうに笑みを浮かべて、謝罪を口にした望月くん。


 わたしの様子を確認しながら、ゆっくりと、従業員出入口に向かっていく。


 わたしは意識して、望月くんと距離をとり、時折背後を振り返る望月くんの背中を追うように、歩いた。


 順番にICカードをかざして外に出ると、望月くんが足を止めて、わたしと向かい合う。


 自然と1、2歩下がって、望月くんと距離をとった。


「スタバで話する、で、いいかな?」


「…うん、そうしよう」


 わたしの態度に、傷ついたと、思う。

 

 でも、望月くんは傷ついた顔をせず、いつも通りの姿で接してくれた。


 今のわたしは、それに気づくぐらいの余裕は、取り戻せてる。

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