第三章 その日、その時 ②

元老院議会の開会に当たり、通例では時の皇帝が「開会の辞」を述べるのが習わしであった。しかし魔王大戦後初の開会となる今回は、少々事情が違っていた。皇帝の挨拶の前に、皇女フェリオが言葉を述べるのだ。


フェリオが演壇に上がったとき、その場にいたすべての人々は皆大きく目を見張った。時に妊娠七ヶ月、その腹は大きく膨らんでいた。そして同時に、すべての人々はこれから生まれてくるであろう子供の父親が誰であるかも悟った。彼女と懇意にあった、今はなき勇者ヒルメスである。


「皆さん、ご起立をお願いいたします」

フェリオがそう述べると、皇族含め議場の全員が起立する。


―その時


「グレイムス、覚悟ッ」


議席から何者かが立ちあがり、呆気にとられる周囲をよそに皇族席まで駆け上がり、そして懐から短刀を取り出すと一閃第一皇子グレイムスに突き立てた。


それは最年少の元老院議員、テレドトゥス・パシオヌルス・ダッファであった。テレドトゥスは繰り返し繰り返し、手にした短刀をグレイムスに突き立てていく。たちまち彼の衣服は、周囲の床一面は、血に染まっていった。


「うわぁ!」「これは大変だ!」「衛兵は何をしている!」


議場が騒然とする中、少しばかりもっさりとした動作で衛兵たちが議場に突入してくる。「スロー」の魔法が効いているのだ。


「エイデン、今だ」

コンジェルトンは隣りにいたエイデンにささやく。


「オウッ」

そう言うやいなやエイデンは、ヒト族では到底不可能な驚異的ジャンプ力で飛び上がり、空中で体を丸めて回転、その加速度をもってダッファに愛用の戦斧デュラン・フォージを振り下ろした。奥義・暴龍怪球烈斬である。


刃は右鎖骨からダッファの体に入り込み、背骨に沿って肋骨から骨盤まですべてを叩き割り、魚のように二枚おろしにしてしまった。


エイデンは大量の返り血を浴びつつも、体軸を一切振らさず、静かに着地した。その刹那、エイデンとダッファは互いの視線を交わらせた。


「ど、どうして…」

恐らくそう言ったのであろう、声にならない声を発すると、ダッファはその場で事切れた。


「グレイムス様ッ」

皇族席の後ろに座っていたパルムスは、すかさずグレイムスに駆け寄り、血に塗れ、ぐったりとしたその体を抱き起こした。そして隙を見計らい、グレイムスの着物の懐に、薬屋からもらった小さな「包」をそっと忍ばせた。


「なんということじゃ…なんという……」

皇帝ファルムスはワナワナと震えている。本来であれば晴れがましいはずのこの日に、このような惨劇が起こるとは。


「ウッ…」

その瞬間、ファルムスは大量の吐血をし、その場に倒れ込んでしまった。


「キャァァァァ、お兄様、お父様ッ、アッ…」

フェリオは叫ぶとそのまま失神してしまった。


議場は大パニックに陥った。その中でパルムスは衛兵たちに檄を飛ばす。

「落ち着け皆の者!皇帝陛下、グレイムス様、フェリオ様を専用の医務室に運ぶのだ!」


その模様を、エイデンとコンジェルトンは冷静な眼差しで見つめている。


「いやあ、流石に騙し討ちは気が引けるわい」

エイデンはぼそりと呟いた。


「いやよくやってくれた。それに、グレイムスの懐から例の”包”が発見されれば、ダッファ家も逆賊の誹りを免れるだろう。少なくとも、今のうちはな…」

ウェド・カークはエイデンの肩をポンと叩いた。

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