第二章 死せる再生者 ⑨

コンジェルトンとエイデンが都を離れている最中、とある日の真夜中、ターメスはある場所を訪ねていた。それは代々元老院議員を務めるダッファ家の屋敷であった。


テレドトゥス・パシオヌルス・ダッファ。年齢は26歳。元老院の最年少議員である。第二皇子エリチャルドスを強く信奉している。


「なんですって! エリチャルドス様が次期皇帝から引きずり下ろされる可能性が!?」

テレドトゥスは驚愕した。彼はエリチャルドスが次期皇帝となることを微塵も疑っていなかった。


「はい…皇帝陛下は当初、帝都防衛戦で戦功のあったエリチャルドス様を後継者指名なさるおつもりでした。しかし国内には正妻であり皇后陛下であるユリア様との子供であるグレイムス様を推す声も多くあります。それに海のものとも山のものとも知れぬ勇者パーティー一行を元老院議員、はては閣僚に任命したことに対する反発も水面下で沸き起こっております。そうしたことを鑑みるに…」


「ターメスさん、なぜこんな話をこんな真夜中に、私に聞かせるのでしょう。その真意を仰っていただきたい」


ターメスの話を聞かされたテレドトゥスは、膝の震えを抑えることができなかった。

「なんと恐ろしい…そのようなことを、この私に…」


「はい。しかしこれもエリチャルドス様のためであります。皇帝陛下の3人の皇子のうち、実力的に後継者として相応しいのはエリチャルドス様一択です。申し上げにくいのですが、グレイムス様やガルフリード様にはそのような器があるとは思えませぬ」


「それは同感ですが、やろうとなさっていることがあまりにも…」


「引き受けていただけぬか…」


「ターメスさん、宮廷執事であるあなたが直々に参られたということならば、もはや私に断るという選択肢はありませんよ」


「ありがとうございます…!」


――――


それから数日後、コンジェルトンを乗せた馬車が都に戻ってきた。城門の前で出迎えたのはウェド・カークである。


「遅いぜコンジェルトン。もう戻ってこないかと」


「見くびるな。一度約束したことは違えん。これでも聖職者だぞ」


「エイデンは」


「昨日着いたところだ。お前らどっちも遅すぎるぞ」


コンジェルトンとエイデンはウェド・カークの住まう財務卿の邸宅で最後の打ち合わせを行う。「皇族付き」のパルムスは宮殿内でフェリオと打ち合わせをしているはずだ。


「で、エイデンよ。新妻はどうだ?」

コンジェルトンは尋ねた。


「長老が大陸中のドワーフ族から選りすぐりを呼んできただけあって、器量はなかなかのもんだよ。それに尺が上手え」


「尺が」


「あの舌でねぶられるとなかなか辛抱できんわい。おかげで長老はカンカンじゃよ。その種でガキの一匹でも二匹でもこさえろとな」


「ハハハ、そりゃそうだ」


「コンジェルトン、エイデン、おしゃべりはそのへんにして、明日に備えて休んでくれ」


「ああ、わかったわい。とうとう”その日”が来るんじゃな」

エイデンは寝室に向かっていった。


「コンジェルトン、お前は」


「いや私はどうも眠る気にならない。それにしてもエイデンは乗り気ではなさそうだな」


「うむ、あれで実直な男だからなあ」


「我々がこれからやろうとしていることは、端的に言ってあまりにもおぞましい。魔族すらも目を背けるかもしれん…」


「うん、ただな、コンジェルトン…」


「どうした」


「俺はな、明日が来るのが楽しみで仕方ねえんだ。ワクワクが止まらねえ」

ウェド・カークは体を細かく震わせた。笑いを堪えているのか、武者震いか。どちらにせよ大差はない。


「そうか、お前は策士だからな。ただ油断はするなよウェド・カーク。少し早いが、私はそろそろ持ち場へ向かうぞ」

コンジェルトンはマントを羽織り、杖を手にした。


それぞれが、それぞれに”その日”を待っていた。次第に空は明らいでいった。

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