第二章 死せる再生者 ⑤

「恐怖心?」


「そう、恐怖心だよ。魔王大戦の論功行賞、帝室の跡継ぎ問題、そして自身の余命。もちろん皇帝陛下も当然それらは自覚していただろう。しかし今初めてそれが”他者の言葉”として自身に突きつけられた。それも俺達のような”末端”の若輩者によってな」


「なるほど、心理的に衝撃を与えたということか。で、これからどうなる?」


「皇帝はいわば国家の中枢神経だ。それが冒されれば、いずれ末端の機能すら侵されるだろう。あとは、その速度を少し早めてやればいい…」


「”クイック”(※)か…」


「既に帝都にはフェリオ様によって間諜が放たれている。彼らがそうした”噂”を広めてくれるだろう。そして社会全体に”何が起こってもおかしくない”という不安感が蔓延する」


歩きながらそこまで説明すると、ウェド・カークは内裏から続く渡り廊下より中庭を見下ろした。中庭では若い男女が仲睦まじい様子で歩いている。


「ん、あれは?」


「ファルムス帝の末の娘アリシャ様とヒルメスの弟レムロスだな。あの二人、いつの間にか”いい仲”になっていたとは…」


それを聞くと、ウェド・カークはニィと笑みを見せた。

「これはこれは、また役者が増えてきそうだな…」


ーその日の夜、勇者パーティーの一行は人目につかぬよう、用心しながらフェリオの邸宅に入っていった。秘密会議が行われるのである。


「第一段階は上手く行ったようですね。ウェド・カーク」フェリオは淡々と述べる。


「はい。ただ…」


「わかります。コンジェルトン。あなたには申し訳ないけれど、まだ当分旅には出られないでしょう」


「はい、わかります。それがヒルメスの遺志でもあるのでしょう」


「ありがとう、コンジェルトン。ではこれから作戦の第2段階が始まるのですね。決行日は半年後、元老院の議会にて私の妊娠の発表がなされる場で」


「はい、その通りです。そしてそれまでに、ある程度綿密な準備をしておく必要があります」


そう言うと、ウェド・カークは勇者パーティー一行に目をやった。「コンジェルトン、エイデン、パルムス、お前らにはそれぞれ重要な任務を遂行してもらう。これからその説明をするからよく聞いてくれ」


そしてウェド・カークは再度フェリオに目を向ける。そこには執事ターメスの姿もあった。

「そしてフェリオ様とターメスにも…これから説明します」


ウェド・カークの作戦説明が一通り終わったとき、室内には慄然とした空気が立ち込めた。自分たちはこれからとんでもないことを始めるのだという、そのことに皆慄いたのだ。


「こ、これは…なんと恐れ多いことを…もし私がフェリオ様の執事でなかったなら、あなたを即座に殺さねばならなかったでしょう」一通り説明を聞き終わり、ターメスは言う。


「それは承知の上。しかし今この状態から、まだ生まれてもいないフェリオ様とヒルメスの子を皇帝の座に据えようと思うのなら、このくらいのことをやり遂げなければならない」


それに呼応するように、フェリオは毅然とした口調で言った。

「やむを得ません。これがヒルメスの遺志なのです」


「ヒルメスの遺志…」

その場にいた全員が、ついその一節を復唱した。


(※)対象の運動速度を上げる補助魔法の一種

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