第6話 謁見かと思ったらラスボス登場というお話
高貴な人々が集う玉座の間の中央にてシンイチは跪いていた。隣にはエルがシンイチ同様に跪いていて、その隣にヘレーネが立っていた。シンイチは緊張感を抱いていたが、それよりも模擬戦のあとにルシードに飲まされた酔い醒ましの薬の独特な後味が気になっていたりしていた。
「表をあげよ」
厳かな声だったが、シンイチはその声にどこか優しさを感じ取った。顔を上げると国王と瞳が合う。やはり温和そうな人柄が顔ににじみ出た、良き王のように見えた。
「彼がヘレーネの命の恩人であり運命の人なのか」
「はい。お父様」
国王の問にヘレーネがはっきりと答える。国王は一つ唸ると、再度口を開いた。
「ドラゴンや魔物の大群を一人で倒したと聞いておるが、本当なのか?」
「ええ、本当です」
ヘレーネは頷いて答えた。シンイチは事前にヘレーネからは謁見の際に何も話さなくていいと言われていた。それ故に、ヘレーネの言う通りシンイチは黙って二人の会話を聞いていたのだが……。
「では、シンイチ。君に一つ質問をしても良いかな?」
「は、はい?」
国王はニヤリと微笑んでいるが、その瞳の奥に秘められる物は計り知れない。シンイチは咄嗟に返事をしたが、心の中は緊張の嵐が吹き荒れていた。
「君は異世界から来たのだったな」
「はい。そうですが」
「では、質問の前に簡単にこの世界のことを話そう」
国王の話は世界の人種や歴史についての話だった。とりわけ重要だとシンイチが判断したのは、人族と魔族がいること、人族の中にはエルフを含む亜人と呼ばれる区分があること、そして、種族間で千年前に結ばれた未来永劫争い合わないという契り、永世不戦条約があることだった。
「しかし、このところ国同士の近郊が破られようとしている。魔族の長である魔王が世代交代したことが原因の一つと考えられているが、ここでシンイチ君に聞きたい。君はこのことをどう考えるか?」
国王の質問を受けてシンイチは考える。順当な答えならば国王の話したように世界で起こる不和は魔王の代替わりのせいとなるだろう。だが、何故国王はこの世界に来たばかりのシンイチにわざわざそのことを訊いたのかがわからない。もっと根本的な理由があるのではないか、とシンイチは推測する。しかし、いかんせん情報不足だった。
「すみません。わかりません」
シンイチが情けなさそうに俯くが、国王は笑顔で返した。
「そうか……。素直でよろしい。では、この名前に聞き覚えはあるかね。邪神エリス」
「邪神エリス?」
シンイチはその名前に聞き覚えがあった。確か、神話の女神。それこそシンイチをこの世界に飛ばした三美神たちと同じギリシャ神話に登場する女神の名前だったはずだ。
「待てよ……」
シンイチは思い出す。そもそも何故三美神はお互いの美しさを競い合うことになったのか。それは不和の神エリスが競い合うように仕向けたからだ。そして、幸か不幸か、シンイチがその争いに円満な形で終止符を打ってしまったのだ。不和の神エリスにとっては面白くないだろう。
「つまり、邪神エリスが裏で糸を引いていると?」
シンイチが聞くと、国王は大きく頷いた。そして国王は大きな声で言った。
「我らの敵は魔族でも他の人族でもない。全ての争いの元凶である邪神エリスこそが真の敵なのだ。私はそう考えておる」
パチパチ。国王が話し終わった瞬間に、玉座の間の後方から拍手が聞こえた。シンイチもヘレーネも国王も、来賓の者たちまでもが視線をその者に奪われた。そこにいたのは、紫紺のドレスを身に纏う黒髪の長髪か似合う一人の美女だった。
「誰だね?」
玉座の間の脇に立つ宰相が警戒しながら尋ねると、女は妖艶なまでに赤く色気のある口をニヤリと開き話し始めた。
「私は不和の神エリス。あなたたち、すばらしいわ」
その瞬間、近衛兵たちが剣を構えて、自身をエリスと名乗った女を囲んだ。辺りに緊張感のある空気が漂う。
「でもね、正直邪魔なのよ。勘が鋭いのも良くないわねぇ。ってことで消えてもらいまーす」
女はそう言うと、彼女を囲む近衛兵の男たちに語りかける。
「あなたたち。勝った者には私を抱かせてあげるわ。さぁ、殺し合いなさい!」
語る女の瞳は赤く光っていた。その声を聞くや否や、近衛兵たちの瞳も赤く充血し始める。そして、あろうことか近衛兵たちはお互いに剣を向けた。
「なにっ!」
驚きの声をあげる国王が見つめていたのは他でもない、近衛騎士長のルシードだった。ルシードは苦しそうに総身を震わせながら悶えている。
「俺は……、くっそ。こんな幻術には屈しない!」
ルシードは女神エリスの誘惑に必死に耐えた。歯を食いしばる彼の唇からは血が垂れていた。それだけ必死なのだ。しかし、そんな彼を既にエリスの罠に屈した数名の近衛騎士たちが無慈悲にも囲んだ。
一人、一人と近衛騎士たちがお互いに斬り合って死んでいく。その間にシンイチやエルはヘレーネとともに国王の元まで下がっていた。
「すまない。シンイチ君。君に頼みたいことがある」
国王の声は震えてなどいなかった。流石は一国の主。だが、先までの威厳はなく、とても心細くシンイチには聞こえた。シンイチは一つ頷くと、懇願するような眼差しの国王の瞳を見つめた。
「なんですか?」
「ヘレーネを救ったというそなたの力をもう一度貸してはくれまいか? どうか、ルシードを助けてやってくれ」
「わかりました……」
正直相手はこの国の剣術トップクラスの近衛騎士たちだ。そんな敵を複数相手にしてどう戦っていいかは分からない。だが、シンイチは奮い立って立ち向かうことにした。
「ご主人様。私も一緒に戦います」
「エル。よろしくな」
エルも戦う気のようだ。シンイチはエルとともにルシードの元へと向かう。ルシードは、辛うじて女神エリスの幻術に墜ちた近衛騎士たちと戦っていたが、既に満身創痍だった。ルシードの息は絶え絶えで苦しそうだ。だが、本当に彼が痛いのは、身に受けた傷ではなく、彼の仲間を自分の手で殺さなくてはならないことだろう。ルシードは泣いていた。泣きながら戦っているのだ。
近衛騎士長の周りには近衛騎士たちの死体が転がる。
シンイチは平静を保つためにも、できるだけ酷い死体を見ないようにした。そして作戦を考える。シンイチの魔力は200。中級魔法一発分しかない。それだけで現状を打開することは難しいだろう。
「エルは正気を失った近衛騎士たちを、そうだな、できれば殺さない程度に戦闘不能にしてくれないか?」
「かしこまりました!」
エルに指示を出してから、シンイチは一体の近衛騎士の死体から剣を奪った。初めて持つ真剣は思いの外重くはなかった。剣についた血を払い、そして、彼は唱える。
「スキル【全知】! 剣聖の記憶」
シンイチは思い出した。剣の道に生きた一人の男の記憶を。彼の名はメシアス・ガナパルトと言った。不器用な男だった。生涯独り身を貫き、そして最後は戦でその命を散らした。
戦場。漂う血の香り。細くなる呼吸。冷えていく体。
死にゆく時、メシアスは一つだけ後悔した。満たされなかった愛でも、恵まれなかった人生でもなく、自身の磨き上げた剣が死とともに失われていくことが何より悲しかったのだ。
だが、シンイチが呼び覚ましたメシアスの記憶の中で彼は笑ってこう言った。
「私の剣を使ってくれ。未来のクリスタルを救うためなら本望だ」
メシアスの最期は笑顔だった。シンイチは剣を構えて告げる。
「メシアスさん。ありがとうございます。あなたの力、借ります」
シンイチは駆け足で、女神エリスの元まで向かった。全ての元凶であるエリスさえ止めれば……。シンイチはエリスと対峙して、剣を構える。
「来てくれると思ってたわ」
そう言うとエリスはシンイチに投げキッスをした。その瞬間、シンイチは剣で空を切る。目に見えない何かが確かに切れる感触をシンイチは確かめる。咄嗟の反射だったが、これも剣聖の勘なのだろう。
「あら、せっかく魅了しようと思ったのに……。仕方ないわねぇ」
女神エリスはシンイチに魅了の術をかけようとしたのだ。シンイチは寒気がしたが、ならば、意趣返ししようとシンイチは告げる。
「なぁ、エリス。我に、従え」
その言葉で、従うはずだった。だが、当のエリスはキョトンとしている。
「なにそれ? 何かのおまじないかしら?」
シンイチは焦る。これがシンイチの切り札でもあったからだ。どうやら女神相手にはスキル【万物の王】の効果は発揮されないらしい。
シンイチが戸惑っていると、今度は女神エリスが三度手を叩いた。シンイチはあたりを警戒する。パリン、とガラスが割れる音がした。シンイチが即座に後方を振り返る。窓のステンドグラスが割れ、その中から黒い影が現れた。
「あれは、魔族!」
戦いを傍から見守っていた宰相が声を上げた。シンイチの前にその者は降り立つ。禍々しいオーラを纏うその者が顔をあげると、シンイチはぞっとした。その姿がまるで堕天使のように見えたからだった。ボブヘアくらいの長さの黒髪はあどけなく見えるも、その漆黒の翼はさながら悪魔や堕天使のそれだ。彼女はシンイチを見据えると、ニヤリと笑った。
「シンイチ君。そいつには翼がある。恐らくは上位魔族だ。気をつけ給え!」
宰相が再び声を上げた。シンイチにはいまいち上位魔族の恐ろしさが分からなかったが、とにかく用心することにした。黒髪の上位魔族はシンイチに告げる。
「私はリリスよ。あなたは勇者かしら?」
「僕はただのシンイチだよ」
「そう……」
すると、リリスは翼を大きく広げて宙に飛び上がった。そして告げる。
「なら、今からあなたのこと、殺してあげるわ」
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