第5話 王城にて近衛騎士団長と模擬戦をするお話

 馬車が王城に着くと、シンイチは綺羅びやかな部屋に通され、エルと一緒に待機することになった。ヘレーネとアーシャは別行動だという。


「……なんか場違いな気がするな」

「そうでしょうか?  私は人間の生活のことはわからないのでなんとも言えませんが」


 豪華な調度品に囲まれた部屋で、シンイチは落ち着かない様子だった。そんな彼を見て、エルは不思議そうな顔をしている。


「だってさ、この部屋の家具だけで家が何軒建つかわかんないよ?」

「そうなんですかぁ。私はよくわからないです」


 エルとシンイチが無駄話をしていると、部屋がノックされた。返事をすると、ドアが開き、部屋に案内してくれた人と同じ格好をした兵士が入ってきて、


「近衛騎士長がお呼びです」


 と言って、二人に頭を下げた。


「近衛騎士長?」


 シンイチの間の抜けた声と同時に、兵士は踵を返して出て行く。シンイチとエルは仕方なく後を付いていった。長い廊下を歩き、二人は一つの扉の前にたどり着いた。その扉を開けると、中はかなり広い空間になっており、奥には一人の騎士が立っていた。


「ようこそ、シンイチ殿、エル殿。私はこの国で近衛騎士団の団長を務めている、ルシード・D・ブレイクというものだ」


 そう名乗った男は、長身で細身の体躯をしていた。顔立ちも整っており、優男という言葉がよく似合う風貌をしている。だが、眼光だけは鋭く、見る者を射抜くような視線を放っていた。そして何より特徴的なのはその髪の色だ。肩にかかるほどの長さのある髪の毛の色は、銀色だったのだ。


「どうぞこちらへ」


 ルシードと名乗った騎士に促され、シンイチ達は部屋の中央にあるテーブルのもとへと進んだ。テーブルの上には飲み物の入ったグラスが置かれていた。


「まずは一献いかがかな? これは我が王国の特産品である果実酒だよ」


 ルシードはそう言って、自らのグラスを手に取った。シンイチ達もそれに倣ってグラスを取る。ルシードの合図と共に、三人は同時にグラスを傾けた。


「さて、こうして話す機会を得たわけだが……まずは、君達の素性について聞かせてもらおうか?」

「素性と言われましても……」

「異世界から来たということは聞いているよ。しかし、異世界からやってきた人間は他にも何人か存在しているし、彼らのほとんどはこの世界の住民と何ら変わらない存在として生活している」


 ルシードの言葉がシンイチには意外だった。確かに彼の言う通りだ。自分以外にも異世界人が存在する可能性はある。彼らがこの世界で生活していたとしてもなんら不思議ではない。シンイチはてっきり自分だけがこの世界に来ているのではないかと勘違いしていた。


 そのままルシードは続ける。


「それなのに何故、君は我々と同じ言葉を話し、我々のことを認識しているのか。そこを説明してもらいたいのだがね」

「……わかりました」


 シンイチは観念したように息を吐き、自分の事情を話すことにした。


「実は僕は、あなた方とは全く別の世界にいました。そこでは魔法なんてものは存在しなくて、代わりに科学というものが発達しているんです。僕はそこで学生をしていました。ただそれだけなんですよ」

「なるほど……。つまり君は、何らかの事故に巻き込まれてこの世界にやってきたということなのかい?」

「えぇ、まぁそんなところです。だから詳しいことは僕もわからないというのが答えになります。ちなみに僕の住んでいた場所の名前は日本と言います」

「ニホン……聞いたことのない地名だね」


 ルシードは難しい顔をして考え込む仕草をした。


「まぁ、地名の話はきりがないのでやめにしましょう。で、そんなことを聞くためだけに僕たちを呼んだわけではないんですよね?」

「あぁ、鋭いな」


 ルシードはグラスを傾けて一気に果実酒を飲みグラスを空にすると、空いた右手を腰に据えた剣に添えた。


「小手調べということでしょうか」

「あぁ。我らが姫、ヘレーネ・ルイス・クリスタル様を守っていた騎士の中にはこの国三番目の実力者もいたんだ。彼すら倒せなかった魔物の大群を単騎で退けた君と是非手合わせしたい」

「いいですよ」


 ルシードの言葉に、エルが申し訳無さそうな表情を示したが、ルシードには気づかれていなかった。実際、エルはルシードにとっては仇の相手でもある。だが、エルがドラゴンだということはヘレーネとアーシャしか知らないし、彼女たちには秘密にしてもらっている。


 いいですよと言ったものの、シンイチは今まで剣で戦ったことなどない。ルシードはテーブルにかけてあった木刀をシンイチに渡すと、自身も木刀を手にテーブルから離れた。エルは果実酒をちびちび飲みながら「ご主人、ふぁいとー」と呟いている。


 ルシードの木刀を構える姿を見ながら、シンイチも見よう見まねで構えてみた。剣道なんてやったことも無いから、とりあえず適当である。そんなシンイチに対して、ルシードは笑顔を見せたままだ。


 余裕そうだなと思いつつ、シンイチは足を踏み込んだ。その瞬間だった。


「ぐっ……!?」


 一瞬にして間合いに入り込まれ、腹部に痛みを感じたと思ったときにはもう遅かった。床に転がったのは、シンイチの手から弾き飛ばされた木刀だった。何が起きたのか理解出来ないうちに、いつの間にか身体中が痛いことに気がついた。


「大丈夫ですか?!」


 慌てて駆け寄ってきたエルを見て、やっとシンイチは自分が倒されたことを自覚した。


「そんなものか?」


 ルシードの声が聞こえたが、頭がグラングランするシンイチはそれどころではなかった。


「あの、シンイチは魔術師で、剣術は……」


 エルがシンイチのことを必死に庇う。シンイチは惨めで仕方なかった。何かないか。シンイチは模索する。そして一つの打開策を見つける。


「では、仕方ないな。シンイチ殿、すまないことをした」


 ルシードが手をシンイチに伸ばす。シンイチは、その手を握り返しながら言い返す。


「いや、謝らなくていいですよ。できればもう一度手合わせ願いたい」

「いくらご主人様でも……」

「エル。やらせてくれ」


 もう一度、シンイチとルシードは模擬戦を行うことになった。


「その構え……」


 ルシードはシンイチの変化をその構えから感じ取っていた。


「先は手を抜いていたということかな?」

「いや、そうじゃないけどね」


 今のシンイチの構えには無駄が一切ない。

 それはまるで、剣聖にでもなってしまったかのような……。


「……っ!」


 一瞬で間合いを詰めてきたシンイチに対し、ルシードは咄嵯に反応して木刀で防御した。だが、次の瞬間には持っていた木刀が宙を舞っている。


「えっ!?」


 何が起こったのか理解できずにいるルシードの喉元に木刀を突き付けたシンイチは、微笑みながら言った。


「僕の勝ちだね」

「こりゃ完敗だ」


 スキル【全知】が魔術の知識だけでなく、剣術など様々な知識をも内包することに気づいたシンイチは、今度はあっさりと近衛騎士長に勝ってしまったのだ。


 それからしばらく三人が談笑していると、また兵士がやってきて告げた。


「謁見の準備が整いました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る