第3話 世界一の美少女を魔物の大群から救うお話
気がつくとシンイチの目の前には数十体もの死体の山があった。どの死体もしっかりとした鎧のような装備をつけている。騎士か兵士だろうか。血の臭いが鼻腔をくすぐる。そして何よりも恐ろしいのが死体を踏みつけながらシンイチの方へと歩いてくる巨大なドラゴンだった。
「姫様! 逃げ道がありません!」
「大丈夫です。必ず彼は来てくれますから」
シンイチが振り返ると高級そうな馬車が一台あり、その中に人影がある。辺りを見るとどうやらこの馬車は魔物に囲まれているようだ。オオカミのような魔物。イノシシのような魔物。人型をした魔物。極め付けは煌めく紅の鱗を持つドラゴンだ。
転がっている死体は恐らく馬車を護衛していた者達のものだろう。きっと馬車の中にいるのが女神たちが言っていた世界一の美女ヘレーネ・ルイス・クリスタルに違いない。シンイチは僕が守らなくてはと思う。それにどちらにしろ紅きドラゴンの瞳はシンイチを見ている。戦うしかない。こういう時はとにかくアレだ。
「【全知】」
【名 前】エル・シヌー
【種 族】ドラゴン
【性 別】メス
【年 齢】156歳
【職 業】なし
【レベル】128
【体 力】6142/6805
【魔 力】4566/8722
【攻撃力】2480
【防御力】1156
【魔攻撃】2568
【魔防御】1208
【俊敏性】369
【幸 運】125
【ステータスポイント】52
《スキル》
【鑑定】
【獄炎の吐息】
あ、これ無理ゲーだ。絶対勝てない。多分ワンパンで終わるだろう。シンイチは絶望した。手足が震えだして、背中が凍るように寒い。こうしている間もかろうじて生き残っていた兵士達が屠られていく。ここはまるで地獄のようだった。一人、また一人と兵士達は肉の塊に変えられていく。シンイチは自分の未来が真っ暗な闇に包まれていくのを感じていた。そして、残酷にも、あっという間に残るのはシンイチだけとなった。
どうしよう、逃げなきゃ。しかし、逃げようにも他の魔物達がいて逃げ道はない。こうしている間にもドラゴンが一歩、また一歩と近づいてきている。何かないか? ドラゴンが前脚を天高く上げた。シンイチは震える体で棒立ちするしかない。ドラゴンはその重量ある紅の大爪をシンイチ目掛けて振り下ろす。死が見えた。情けなかった。だが、恐怖も一周して、シンイチはまるで、映画館で自分の人生を眺めているような気分になった。
ここで死んだら力をくれた三人の女神に申し訳が立たないではないか。走馬灯が脳裡を過る。スクリーンに映し出されたのは家族や友人との記憶だった。
(そう言えば、僕。家族にも友達にも、何も言わずに来ちゃったな)
シンイチは後悔した。異世界転移があまりにも非現実的で、遺言を伝えるのを忘れていたことに気づいた。今頃心配してるかな、とシンイチは思う。
(なんで、僕はここにいるんだ? どうして知らない世界で、殺されかけているんだろう。みんなに会いたい。でも、ここで死んだら……もう会えないよな)
シンイチは悩む。けっして不幸な人生ではなかった。シンイチは一般的な幸福を享受していた。多少刺激には欠くが、それでもシンイチには大切な人生だった。
(戻りたい)
確かに異世界も楽しみだけど、死を見据えて思うのはやはり、大切な家族や友だった。戻らねばならぬ。元いた世界へ。だから……。
その瞬間、シンイチはあの言葉を口にした。
「我に従え!」
するとドラゴンの体が眩く光った。その大爪がシンイチの体に触れる寸前、ドラゴンの体は小さくなって行った。閃光が収まるとそこには全裸の少女が立っている。少女はどこかあの紅いドラゴンを彷彿とさせるような紅の髪に紅い瞳をしていた。シンイチに気づくと、赤髪の少女はシンイチの元まで駆け寄って、さっと跪いた。
「ご主人様。この身が果てるまで、一生お供いたします」
「えっ……ご主人様?」
シンイチが聞き返すと、赤髪少女は顔を上げて説明する。その表情は恍惚としていた。
「はい。私、エル・シヌーはご主人様の至高なる権能によって自我を得ました。この上なく感謝しております」
これがスキル【万物の王】の力かと、シンイチはえもいえず震えていた。まさかあのドラゴンが美少女になるとは思わなかったが、これはかなり使えそうだ。
敵を味方にできるとはかなりのチートなのではないだろうか。思考に耽けるシンイチが黙り込んだままでいると、全裸のドラゴン少女は懇願するようにシンイチを見上げ続ける。
「命令をくださいまし。私は何をすればいいでしょうか」
「そうだな……。では、ここにいる魔物を全部殺せ!」
「はい、ご主人様!」
それから美少女ドラゴンによる殺戮ショーが始まった。魔物達はドラゴンが消えたことに動揺していたため、その隙を突かれアッサリと蹂躙されていった。エル・シヌーは美少女なのに凄まじい身のこなしをしていた。口から紅い炎を吹いていたが、あれがスキル【獄炎の吐息】なのだろうか。ざっと百はいた魔物を全て倒して、返り血まみれの姿の美少女がシンイチの元へとやってくる。
「終わりました。ご主人様」
「あぁ。ご苦労」
最初に「我に従え」って言った手前、シンイチはこの口調をやめれなくなってしまった。
「あの。ご主人様。よかったら何かご褒美をください。私、頑張りました!」
ドラゴン少女は煌めくような双眸をシンイチに向けて、期待するように褒美をねだった。
「うむ。何が良い?」
「頭を撫でてくれると嬉しい……です」
「こうか?」
もうこの口調で話すしかなさそうだとシンイチは諦めた。恐らくヘラの口調が移ったのだろう。シンイチが頭を撫でてやると美少女ドラゴンはとても気持ちよさそうにくすぐったそうに微笑んだ。ドラゴン娘はとても可愛い。しかも全裸って。これ、傍から見たら凄くまずいんじゃないか? シンイチが慌てて馬車の方を見ると、馬車からこちらを覗く二人の姿があった。
「とりあえずこれを着ろ」
シンイチは服の上着を脱いでドラゴン娘エルに渡した。薄手のシャツだが、身体を隠すくらいの働きはするだろう。
「ありがとうございます! ご主人様。一生大切にします!」
そんなに大したものでもないんだけどな。まぁ、喜んでくれる分には悪い気はしない。シンイチは馬車の方へ歩いて、こちらの様子を伺っている二人の女性に訊いた。
「あのー、大丈夫でしたか?」
「助けていただきありがとうございました」
「私からもありがとうございました」
「なにっ!」
中にはすんごいえげつないほどの美少女がいた。透き通る白髪。雪のように白い肌。晴れた南国の海のような輝きをたたえる碧眼は美しいなんて言葉では言い表せられない。彼女の耳は長かった。エルフというやつだ。そしてメイド服を着たエルフの女性が一人、傍らに立っていた。絶世の美女は着ていたドレスの裾をあげて、華麗にお辞儀をした。
「私はヘレーネ・ルイス・クリスタルです。以後お見知り置きを」
「私はヘレーネ様の専属メイドのアーシャと言います」
「あ、僕はシンイチと言います。シンイチ・カミヤです」
「シンイチさんですね」
二人が馬車から降りてくる。二人は周りを見渡すとそのあまりにも酷い風景に固唾を飲んだ。そしてヘレーネは返り血まみれの半裸少女に目を止めた。
「その方は?」
どうしよう。敵のドラゴンをテイムしましたなんて言えないよな。シンイチは誤魔化すことにした。
「ちょっとね。色々あって……」
「もしかしてあのドラゴンをテイムしたのですか?」
「え?」
どうしてそのことを知っているんだろう、とシンイチは驚きを隠せなかった。もしかしてテイムする瞬間を見られたのだろうか。そんなシンイチを見てヘレーネは説明し始める。
「失礼しました。私はエルフの、それも特別な血を引いていまして、未来に起こることがわかるんです」
なにそれチートすぎない?
「そうなんだぁ。あはは」
だったらどうしてドラゴンやモンスターに包囲なんてされたのだろう。いささか不思議だ。
「見えていましたよ。私を危機から救ってくれる運命の男性が現れると」
「えっと。運命?」
「はい。私の一族は未来を視る世界視に運命の異性が現れるのです。そしてそれがあなただったのです」
絶世の美少女エルフ、ヘレーネ・ルイス・クリスタルにシンイチは両手を掴まれる。目がキラキラしていて眩しい。名前に負けず本当に宝石のような美貌の持ち主だった。
「あのー。他の兵士を守れなくてすみませんでした」
「いえ。確かに残念でしたが、彼らの死は避けられないものでした。私にもっと力があれば彼らも救えたかもしれません。ですが、私たちだけでも助けていただいた。私はそのことにとても感謝しています」
「それは、どういたしまして」
ヘレーネは姫様だけあって芯のしっかりとした女の子なのかもしれない。御者は健在だった。シンイチら三人に加えて一匹の赤髪ドラゴン娘は馬車に乗り、彼女の祖国である神聖国クリスタルへと向かうことになった。
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