第72話

李人さんに唇を押し当てられたことに気付いたのは、スローモーションで彼の顔が離れた時だった。


「あ…」


「え…」


「ごめん、なんか急にしたくなった」


李人さんが離れて目を逸らす。

顔から湯気が出そうな勢いで李人さんが赤くなる。


「あ、いえ…」


なんか私も暑い、ような…。


「はっくしゅ!」


と思ったら違うようだ。


秋の夜は寒い。

藍美のカーディガンじゃどうにもならない寒さだ。


バサっと何かが上に被せられた。


「これ…」


「彰人のパーカーだから嫌だけど、愛美が寒いのはもっと嫌だから着てて」


そんなこと、もう気にしないのに。

表情と言葉が一致しない李人さんがやばり面白い。


「李人さん、優しいですね」


「愛美だけにだよ」

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