卒業と友
一寿 三彩
卒業と友-1
家を出て、はっと気づいた。
先輩たちが卒業してしまった、あの日の匂いだと。
卒業なんていう大袈裟な言葉のせいで別れの寂しさを増幅させている気もするが、そんなものさえも吹っ切ってしまうようなすっきりとした朝の空気だった。
どこかで咲き始めている草花の青い香りが、もうすぐ春が訪れることを私に教えてくれる。
自分が卒業するなんて実感はまだ湧いてこないというのに、この朝の空気が『早く大人になりなさい』と私を急かし立てた。
マフラーに首をうずめ、いつもの待ち合わせ場所まで歩くと、もうすでに優香と澪が待っているのが見えた。私は少しほっとして、片手をあげる。
私たちはそれぞれ「よ、おはー」といつもと何ら変わらない挨拶を交わして学校へと足を向けた。
甘い物が好きで、お昼ご飯の後にはいつも決まってチョコが挟まれたクッキーを食べている優香。
本当は学校にお菓子は持ってきては行けないけれど「お昼ご飯の延長だからいいの」とわざわざタッパーに詰めて持ってきていて、そのクッキーを私と澪にも分けてくれるのが常だった。
甘くて、ホロホロと崩れて、ほんのり香ばしいそのクッキーはいつの間にか私と澪の好物になった。
結局、どこのメーカーのお菓子なのかは、卒業式を迎える今日に至るまで、優香は断固として教えてくれなかったのだけれど。
学校までの道のりは、ぼそぼそと昨日見たテレビや春休みの予定なんかを話しつつ歩く。
しかし話がどれだけ盛り上がっていようと、ある所までくると私たちは心がほくほくするような、あの香りに心を傾けてしまう。
話が途切れるのはいつも、人通りのない交差点をすぎたあたり。
少し先にある『ベーカリーアポロ』から漂ってくる焼きたてパンの香りに、私たちは決まって鼻をくんくんさせた。
そして「いい匂い」と誰かひとりは必ず零す。
最後の登校日、それを言ったのは澪だった。
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