第37話

溜め息まじりに言った龍之介は、再び無意識に貧乏揺すりを始めた。無性に煙草を欲していたのだ。その主な原因である女を龍之介は上から睨みつける。





——終始苛立たせやがって。





「おい。怪我は」


「……」


「聞いてんのか?」





仏頂面で声を掛けた龍之介だったが、あれだけ煩かった百合の反応がない事に戸惑いを見せる。巻き込んだ事に対して、素直に詫びるため百合を引き剥がそうと試みるが、ガッチリと背中に腕を回されている所為で上手くいかない。


だが、ふとある事に気付く。


百合からすれば非現実的な光景だったに違いないため、流石に恐怖を感じてしまったのではないかと。


龍之介は、百合の長い髪をよけて顔を覗き込んだ。

愛想など皆無だった龍之介の声色は恐怖を和らげるためか、微かなものだが無意識に優しさが含まれている。





「ゆ、じゃねえ……美夜。大丈夫か?もう追ってはいねえから……って、こいつ……」





龍之介は思わず自分の目を疑った。





——嘘だろ……。




恐怖に怯えているとばかり思っていた百合は、龍之介の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた。





「……ッ、こいつ寝てやがる!この状況で、一体どんな神経してんだ!」





咄嗟に早口でまくし立てる龍之介に、水瀬は溜め息を一つ吐き、続けざまに口を開いた。その声色は、百合に対しての嫌悪が含まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る