第32話

車内は、夜空のように静かだった。


何故なら、隣の紫藤組若頭である紫藤龍之介が腕組みをしながら窓の外をただジッと睨みつけていて百合の相手をしてくれないからだ。





——名前呼んだからかしら?

ガン無視状態で、とても景色を楽しむような顔もしていない。



他二人も同様だった。



運転手の眼鏡を掛けた男——護衛兼水瀬組組長の水瀬広樹(みなせ ひろき)は百合がルームミラー越しに度々ウインクをしてみせるが無反応。


助手席に座るもう一人の前科三犯のような目つきの男——護衛兼佐々木組組長の佐々木雅春(ささき まさはる)は何か難しい顔をしながらしてスマホを見ている。


基本的にふざけていたい質の百合は、とうとうその沈黙に耐え切れずに洋楽を歌い始めた。全米が泣いたと言われる、家族愛をテーマにした映画。全米チャート15週連続1位の超人気ソングだ。





「ねえ、この映画見た?」





誰もが知っていそうな話題で切り込んだが、誰一人として百合の問いかけにに答える者はいなかった。





「お客さんが泣けるって言ってたから見に行ったんだけど、私全然泣けなかったのよね〜。ちなみに、いいところでどデカイくしゃみ3連発しちゃって睨まれたの〜」





一人だけ温度の違うこの光景はとても奇妙であった。

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