第27話 「とくべつ」




 あれから私は、鬼たちが住んでいた集落のあった場所に足を運ぶようになった。

 何となく、足が向いてしまう。


 ここには誰かがいた跡が残っているから、だろうか。

 何となく、寂しい場所なのに誰かがいるような感覚がして来てしまう。


 私は枯れた木に寄りかかって座り、けーたいを開いた。

 最近のけーごは、アルバイトってやつを増やしたから忙しいんだって。それでも朝と夜に必ずめーるをくれる。

 無理させてないかな。私と違って、人間はやることが必ずある。学校とかお仕事とかで忙しい。

 私には何もないから、ただけーごからめーるが来るのを待つことしかない。


「……はぁ」


 鬼のことを知って、私は悩むことが増えた気がする。

 胸の奥がモヤモヤしてる。何に悩んでいるのかもよく分からない。だけど悩んでいる。モヤモヤして、落ち着かないんだ。

 ねぇ、けーご。けーごなら、分かるかな。私は苓祁兄に教えてもらったことと、けーごから教えてもらったことしか知らない。


 けーごに色んなことを教えてもらった。私は悲しいや寂しいを知った。

 そういう色んな感情を覚えて、私は変わったよ。だからきっと、今こうして悩んでいるのかもしれない。

 今、自分が抱えてる感情の名前が分からなくて悩んでいるんだ。


「……けーごぉ」

「何だよお前、恋煩いかよ」

「うわぁ!!」


 いきなり声を掛けられ、私は手に持っていたけーたいを落としてしまった。

 どうして苓祁兄は私を驚かせるんだ。いや、いつもの苓祁兄に戻ってくれたのは嬉しいんだけど。


「お前、ここ気に入ったのか?」

「そういう訳じゃないけど……なんか、来ちゃう」

「ふうん……まぁ、元々はここが鬼たちの住んでいた場所だし、そういうものなのかもしれないな」

「……そう、なのかな」


 苓祁兄が私の落としたけーたいを拾って手渡してくれた。

 よく分からないけど、ここに来たくなる何かがあるのかな。赤ん坊だった私にここで過ごした記憶なんてないけれど、体が覚えていたりするのかな。


「……そういえば、こいわずらいってなんだ?」

「は?」

「さっき、苓祁兄が言ってただろ? どういう意味だ?」

「そりゃあ、恋に悩むことだけど……」

「こい?」

「…………ごめん、やっぱり無し」

「なんで? そういう風に言われたら気になるだろ」


 逃げようとする苓祁兄の服を掴んで、私は聞いた。

 こいって、恋のことかな。苓祁兄のくれた本にもあったけど、意味がよく分からなかった。


「ねぇ、苓祁兄」

「お前は知らなくていいんだよ」

「どうして? どうして私が知ったらいけないんだ?」

「どうしても! 人間にも聞くなよ。余計なことになったら、面倒だから」

「けーごにも聞いたらいけないの? なんで?」

「なんでなんでって……お前、そんなしつこかったか?」


 確かに前の私だったらそこまで興味を持たなかったかもしれない。

 でも今は色んなことが知りたい。何も知らないままでいるのは嫌なんだ。


「私、ずっとモヤモヤしてるんだ。なんか、胸の奥がぎゅーってなってて……かなしいとかさみしいとか、なんか色んなものがぐるぐるしてる感じで……」

「……はぁ、そうか。これは俺が軽率に携帯を渡したせいかなぁ……」

「苓祁兄?」

「まぁ、色んなことを知ってもらいたい気持ちはあったんだけど、まさかそこまで特別な相手になるなんて思わなかったよ」

「特別?」

「頼むから、それ以上は深入りしないでくれ。無自覚だったのを自覚させるようなこと言った俺も悪いけど……知らないままでいてほしい」


 苓祁兄がとても悲しそうな顔でそう言った。

 何となく、分かったような気がする。恋は特別なんだ。私が苓祁兄のこと好きだと思うのとは違うんだ。

 好きの違いが私には分からないけど、でもけーごとお話しする時間は一番好き。


 でも、私は鬼だ。

 鬼、なんだ。



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