「とどいてますか」

のがみさんちのはろさん

第1話 「おとしもの」




 不思議な出逢いをした。


 私は、今までにない経験を。

 ううん、私の狭くて何もない世界では決して知ることが出来ないことを沢山得た。


 私は、恋をしたんだ。



 ■ □ ■



「……なんだ? これ」


 ここは鬼の里。

 そこで私は生まれ育った。名前は呉羽くれは

 いつものように里の中をお散歩していたんだけど、そこで変なものを見つけた。

 この里の中には基本的に何もない。人間界のような大きな建物とか家もない。本当に何もない。あるのは木々や小さな小川。自然に囲まれたこの場所が、私の暮らすところ。

 そしていま、私の足元に落ちているのは生まれて初めて見たよく分からない物体だ。


「……うーん」


 真っ白で四角い、それ。

 触って平気なのか?

 なんか見た目は堅そうだし、もしかしたら生き物かもしれない。何かの甲羅とかで、もし触ったりして噛まれたら嫌だ。傷はすぐ治るけど痛いのは嫌い。もし毒を持ってたら大変だ。


 でも、今までこんなのあったかな。毎日同じ道を歩いてるけど初めて見たぞ。

 新種の生き物なのかな?

 もしかして食べ物だったりするのかな。形は変だけど木の実みたいな? 意外に美味しいかもしれない。

 私たち鬼は何も食べなくても生きていける。木々から生気を得られるから問題ない。

 たまに木の実とか川にいる魚とか食べるけど、私は昼間に太陽の光を浴びてれば十分お腹いっぱいになる。

 食べ物は天気が悪いときに食べるくらいかな。


「……つ、突っつくくらいなら平気かな?」

「何してんだ、お前」

「うわああああああああ!!」

「うっせえ!」


 いきなり声を掛けられて驚いてると、思いっきり頭を叩かれた。

 こんなことするのは、というより私に声を掛けてくるのは一人しかいない。


苓祁れき兄!」

「何してんだ、こんなところに座り込んで」


 苓祁兄は私と同じ鬼の子。

 ただ私よりもずっと大人で、鬼の証である角を人間には見えないように隠すことが出来る凄い人なんだ。

 それが出来ると大人になった証だって、そう教えてくれた。

 なんでも鬼は人間なんかとか比べ物にならないくらい強大な力を持っていて、それを制御するために角があるんだって。

 この力をちゃんと自分の力で制御できるようになったら、この角も外から見えないように引っ込めることも出来るとか。

 そうすれば人間界にも行けるようになる。

 今の私は力の制御が自分で出来ないから里からは出られないけど苓祁兄は大人だから人間界でちゃんと暮らしている。

 私も早く大人になって里の外に出たいな。

 あ、そうだ。今はそんなことよりも。


「あのな、これ落ちてた」

「ん? なんだ、携帯じゃん」

「けーたい?」

「え、あーそっか。お前、携帯も知らないのか」

「うん」


 初めて聞く言葉だ。

 苓祁兄はそのけーたいとかいうのを拾い上げて、真ん中をパカッと開けた。


「うわぁ! 開いた!」

「いちいち騒ぐな」


 そこには真っ黒な板と、その反対側に文字の書かれた小さな板みたいなのが並べられてる。

 このけーたいっていうのは、人間界にある道具らしい。

 なんか「きかい」とかいうやつ。遠くの人と話が出来たり、一瞬で手紙を送ることが出来るんだって。


「それにしても古い携帯だな。ガラケーでもかなり昔に出たタイプのヤツだぞ。うわ、小さくて使いづれぇ」

「がらけー?」

「お前は知らなくてもいい。お、電源は付くのか」


 苓祁兄が右端のところを押すと、黒い板のところがパッと明るくなった。

 なんか文字が浮かんで、動いてる。

 どうなってるんだ。人間は魔法でも使えるのか?


「スゴいスゴい! なに、どうなってんだ!?」

「携帯の仕組みなんかお前が知っても理解できないだろ。これはこういうものなんだ」

「むうー」

「てゆうか、科学的な話は俺にも分からんから聞くな」


 確かに私は人間界のこととか全然分からないし、知ってることは苓祁兄から教えてもらえる話だけ。

 でも、もうちょっと何か教えてくれてもいいのに。


「まぁ当然圏外だよな。里は結界のせいで人間界からの電波は受け取れないし」

「けんがい? でんぱ?」

「そう。電波ってやつがないと携帯は使えないの。まぁでもメモ帳くらいは使えるかな」


 そう言って、苓祁兄は私の手にけーたいを置いた。


「やる」

「え、でもこれ落し物だろ?」

「大丈夫だろ。見た感じ契約切れてるっぽいし」

「けーやく?」

「とにかく、ちょっとはこれで人間界のことお勉強しなさい。文字の打ち方くらいは教えてやるから。それに、これで力の制御も出来るように特訓しろ。繊細なものだから、優しく使えよ」


 私は苓祁兄から携帯の簡単な使い方を教えてもらった。

 一応平仮名は分かる。苓祁兄が絵本ってやつをくれたからそれで覚えた。

 漢字はちょっとしか分からないけど、誰かにめーるってやつを送れる訳じゃないから適当にいじってても大丈夫だろうって。

 めーるっていうのは、遠くにいる人に手紙を送れるものらしいけど、このけーたいはそれが出来ない。ちょっと残念だな。

 それが出来れば、苓祁兄の携帯にめーる送れたのに。



――――


――


 それから数十分。

 お仕事があるからって、苓祁兄は人間界にある自分の家に帰った。

 なんだっけ、「ばいと」っていうお仕事。

 スゴイな、苓祁兄は。ちゃんと働いてて、人間界でもちゃんと生きていけている。

 興味本位で人間界で暮らしたら便利すぎて里に戻れなくなったって言ってた。

 とは言っても、人間と仲良くは出来ない。深く関わっちゃいけないんだって苓祁兄が昔言ってた。


 鬼は常に孤独と共に生きるように定められている。同族同士でも群れることはなく、その強すぎる力から共存することは不可とされていた。

 私みたいな子供でも少し力を入れただけで人間の骨を軽く折ってしまえるそうだ。

 一応、鬼の間にも男女間に子孫繁栄のための行為はあるけど、子を成せばそこで終わる。生み落して、終わり。


 私もそう。親のことは何も知らないし、顔も知らないし、知りたいとも思わない。

 それが里の掟だから。

 これも全部苓祁兄に教わったこと。掟のことも親のことも全部、苓祁兄が教えてくれた。私は苓祁兄から聞いた事以外何も知らない。


「……えっと」


 私は苓祁兄に教えてもらったように、めーるを送れる画面を開いた。

 ここに文字を打てば、それを遠くにいる相手に届けることが出来るらしい。

 私は苓祁兄以外の人を知らない。他の鬼とも関わりを持ってないし、顔を見たこともない。

 気配すら感じない。

 たまに小さな人間が結界の中に迷い込んじゃうときもあるけど、勝手に帰ってく。そのときくらいしか他人の気配は感じないかな。


「……んー」


 何となく、私は文字を打ち込んでみた。

 気分だけでも味わってみるのもいいだろ。

 大人になって人間界に行けたら、けーたいくらい使えるようにならないと不自然だもんな。


「んっと、た、ち、つ……て、と……た、ってあれ? あ、こうか? あ、よし。い、は……ここか」


 ゆっくり。

 一文字、一文字ゆっくり言葉を打つ。

 壊さないように、慎重に、優しく。

 そっと、そっと。

 苓祁兄だったらもっと早く出来るんだろうな。


「……ま、さ、し、す……か、っと」


 ようやく打てた7文字。

 たったの一言、「とどいてますか」。

 初めてけーたいで打った言葉に私は達成感を得た。

 確か、相手にめーるを送るには右端の送信ってところを押せばいいんだっけ。


「えいっ! めーる、そーしん! なんちゃって」


 送信を押すと、画面の真ん中に紙飛行機の絵と送信中って文字が出てきた。

 そして数秒して、送信しましたって言葉に変わった。

 あれ。おかしいな。苓祁兄の話ではこのけーたいは壊れてるって。送信しても、えらーとかになるって。

 えらーっていうのが何かは分からないけど、魚のエラとは違うらしい。


「いや、そんなことより!? え、ええ!?」


 どうしよう。もしかして、誰かに送れてしまったのか?

 でも私、本文ってところにしか文字入れてない。この宛先ってところにも何か入れなきゃ送れないんじゃないのか?

 送信しためーるを確認すると、宛先のところに意味の解らない言葉が並んでいた。なんだこれ。この文字を打つボタンにも同じ文字が書かれてるけど。確か、あるふぁべっと? えーとかびーとか、そういうのだっけ。

 でも、どうしたらいいんだ。もし、これが人間に届いていたらどうしよう。

 私が鬼だって知られたら、苓祁兄に怒られる。いや、怒られるだけじゃ済まない。

 でもでも、鬼だって分かるようなことは書いてない。大丈夫。大丈夫だ。


 それに、何だろう。なんかドキドキしてきた。

 誰かに届いたってことは、もしかしたら返事があるかもしれない。

 人間に届いてたらどうしよう。なんてお返事くれるのかな。私、苓祁兄以外とお話したことないから、少し楽しみだ。


 ううん、少しじゃない。物凄く、楽しみ。届くかな。私の言葉。応えてくれるかな。

 人と関わっちゃいけない。でも、鬼だって分からなければ良いよね。

 ちょっとだけ、ちょっとだけなら怒られないよね。


 お願い。

 私の言葉、届いてたら応えて。


「っ!?」


 ギュッとけーたいを握りしめると、手の中で甲高い音がして小さく震えた。

 ドキドキしながら、震える手でけーたいの画面を見る。


「……来た」


 返ってきた。

 めーる、受信した。本当に、誰かに届いていたんだ。


 私は真ん中の少し大きなボタンを押した。

 受信されためーるを開くと、私と同じように一言だけ書いた言葉がそこにあった。



『とどいてます』




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