第七章 幸せな結婚式

第18話

「宣利さんのおかげです。

本当にありがとうございます」


結婚式の招待状を渡しに行ったら、父に感謝された。


「僕はなにも。

お義父さんの仕事が正当に評価されただけですよ」


宣利さんは謙遜しているが、それでも彼のおかげだと思う。

あれから典子さんが推薦したお店は許可が取り消され、ツインタワーの運営が父に頭を下げる形で再び出店が決まった。

しかも今回の取り消し騒ぎで被った損害も補償する形で、だ。

それもこれも宣利さんが尽力してくれたからだ。


「いいや。

宣利さんのおかげです。

ありがとうございます」


深々と父が頭を下げる。


「そんな、やめてくださいよ。

お義父さんと僕との仲じゃないですか」


宣利さんは父に頭を上げるように促しているが、〝お義父さんと僕との仲〟とは?

父はいまだに、義理の息子とはいえ宣利さんを相手にすると緊張するらしい。


「堅い話はおしまいにして、お茶にしましょ?」


ぎこちない父の態度を笑いながら、母がケーキを運んでくる。


「あっ、お義母さん、僕が」


すかさず宣利さんが、手伝おうとする。

さすがだ。


「いいのよー、座ってて」


手際よく母がケーキを並べていく。

すべて置き終わり、母も座った。


「花琳ちゃん、二度も結婚式挙げるなんて羨ましいわー」


頬に手を当て、小首を傾げた母がうっとりとした顔をする。


「復縁とはいえ、再婚も同じですからね。

式はやはり、挙げないと」


宣利さんは普通な顔をしてお茶を飲んでいるが、そんな理由だったんだ。


「好きな人との結婚式なんて、何度挙げたっていいわ」


乙女思考の母は私たちの結婚式が羨ましそうだ。


「そうだ。

今度、お義父さんとお義母さんも結婚式を挙げませんか」


いい考えだとばかりに宣利さんがにっこりと母に微笑みかける。


「ほんとに!?」


「いまさら!?」


大喜びの母とは反対に、父は戸惑っているようだった。


「なによ、嫌なの?」


「あ、いや、嫌ではない、が。

母さんのドレス姿は見たいし……」


母に詰め寄られ、父はしどろもどろになっている。

のはいいが、母のドレス姿を想像して照れているのは娘としてみていられないのでやめてもらいたい。


「人を呼ぶのはあれでも、今はフォトウェディングもありますし。

子供が手を離れた記念にいかがですか」


父が揺れているところへ宣利さんが畳みかける。


「しゃ、写真だけならいいかもしれません」


はっきり言い切らないまでも、父もまんざらではないようだ。


「じゃあ、決まりですね。

計画は僕に任せてください」


「お願いするわ!」


母が大興奮になり、この話はまとまったようだ。


和やかなお茶の時間を過ごし、家に帰る。


「でも、本当によかったです。

出店が決まって。

ありがとうございます」


改めて運転している宣利さんにお礼を言う。

もともとはないはずの話なので、なくなったところで大きな影響はない。

それでもそれなりに準備を進めていて軽視できない損害が出ていたし、なにより取り消しを受けたのが父のメンタルを削っていた。

口にはしなかったが父は、会社を否定されたように感じていたようだ。

けれど先方から謝罪を受けて再び出店が決まり、自信はまた戻ってきたらしい。


「だから、僕はなにもしていないよ。

お義父さんが誠実に会社を経営してきた結果だ」


そうやって宣利さんが父を褒めてくれるのが嬉しい。

くだんの店は食材の産地偽造をし、しかもインフルエンサーを買収したりして評価を上げていたらしい。

運営も典子さんから金を積まれ、さらにそれで脅されたのもあって書類審査しかしておらず、このようなお粗末な結果になったようだ。


「私、本当に宣利さんと結婚してよかったです」


心の底からそう思う。

私も、お腹の子も大事にしてくれて、家族も気遣ってくれる。

こんなに素敵な人が旦那様だなんて、本当に私は幸せ者だ。


「僕も花琳と結婚できて、本当によかったと思ってるよ」


宣利さんの声は心底嬉しそうだった。

そのうち、信号で車が止まる。

なぜか彼は、フットブレーキをかけた。


「花琳」


呼ばれて、そちらを見る。

次の瞬間、唇が重なった。


「愛してる」


呟いた彼が姿勢を戻し、ブレーキを解除する。

信号が青に変わり、車は再び走り出した。

流れていく窓の外を見るフリをして、熱い顔を誤魔化す。

宣利さんは狡い。

いつもさりげなく格好いいことをしてきて、私をどきどきさせる。




父の会社の店がツインタワーへ出店する準備も、私たちの結婚式の準備も順調に進んでいく。

お腹の子供の経過も順調だ。

このあいだ、性別もわかった。


「男の子かー」


夕食のあと、リビングでまったりしてたときに宣利さんに教える。

そこはかとなく彼が残念そうなのはなんでだろう。


「女の子がよかったですか?」


だとしたら申し訳ない。

詫びたところでどうにもできないけれど。


「いや。

男の子だと僕と同じ思いをさせたら嫌だなと思っただけだ」


軽く肩を竦め、彼はお茶を飲んだ。

そうか、宣利さんは跡取りとして過剰な期待を背負い、厳しい躾と教育を受けてきた。

それを子供にも味わわせたくないだけなんだ。


「大丈夫ですよ。

私がおじい様たちには口出しさせません」


決意を固めるように軽く、ガッツポーズをする。


「ありがとう。

でも、無理はしないでいいからな」


ちゅっと軽く、唇が重なる。

それが、酷く幸せで嬉しい。


「それに僕が絶対に、花琳も子供も守る。

子供は僕とは違い、のびのびと育ってほしいしな」


また、彼がキスしてくる。

あまりに頻繁にキスしてくるし、家だけならまだしも外でもするから一度、抗議したものの。


『そう言われても花琳がキスしたくなる、可愛い顔をしているから悪い』

と、その端からキスをされ、諦めた。


「楽しみだな、子供。

性別もわかったし、そろそろいろいろ買い揃えてもいいよな」


後ろから抱き締め、宣利さんが私のお腹を撫でる。

もうお腹の膨らみもはっきりとわかり、胎動も感じるようになっていた。


「そうですね。

でも、買いすぎは厳禁ですよ」


「わかってる」


宣利さんは笑っているが、本当にわかっているのかは疑わしい。

いつのまにか彼が買ってくれた服で溢れ出した、私の部屋のウォークインクローゼットを見れば。


その日は夫婦揃って、父の店のレセプションに招待されていた。


「素敵なお店だね」


宣利さんに褒められ、嬉しくなる。

黒と紺を基調にした内装は落ち着きがあり、ゆったりと食事ができそうだ。


VIP専用のレストランなのでもちろん招待客のほとんどがVIPだし、取材で入っているプレスもそういう方向けのところだ。

招待客リストをツインタワー運営に提出し、チェックがあったと父は言っていた。


「本日は当店にお越しいただき……」


そんな人たちを前にしているからか、挨拶をする父は緊張しているように見えた。

それに、この店の成功が会社のこれからにかかっているとなると仕方ないかもしれない。


挨拶が終わり、料理が出てきはじめる。

今日は着席式なのでスタッフがお皿を運ぶ。

父の店は創作フレンチなので、アミューズから始まる。


「アミューズは……」


お皿の上にはサーモンや毛ガニといった食材をメインにした料理が、彩りよく三品ほどのっている。


「美味しそうだね」


宣利さんの言葉に、頷いた。

周囲ではシャッターを切る音もする。

ナイフとフォークを握り食べ始めたが、どんな評価がされるのか気になって味がいまいちわからない。


コースは順調に進んでいく。

よほどシミュレーションを重ねたのかスタッフの対応もしっかりしていて、これならグランドオープンしても安心そうだ。


「……綺麗」


「……美味しい」


時折、そんな声が聞こえてきて、胸を撫で下ろす。


メインは弟自慢の、宮崎牛のローストだった。

この店のために、特にいい牛を探したらしい。

心配なのか、駆けつけた弟が厨房からこちらをうかがっているのが見えた。


運ばれてきた料理を、ひとくち食べる。

それだけでなんというか、こう……開眼した。

いや、実際、思いっきり目を見開いていたし。

顔を上げると宣利さんと目があった。

なにか言いたいが言葉が出てこず、お皿と彼のあいだに視線を往復させる。

彼も私と似たようなものなのか、黙ってうんうんと激しく頷いた。

味付けは塩だけのようだが、驚くほど肉の甘みが口の中に広がりそれがいいアクセントになる。

この肉に塩以外の味付けはもはや冒涜ではないかと思うほど、肉の旨味が凄い。


視界の隅で弟が盛大にガッツポーズしているのが見えた。

周りを見渡せばしみじみと肉の旨味を味わっているか、手が止まらないとばかりにぱくぱく食べているかがほとんどだった。

しかも、大多数が食べ終わって、名残惜しそうにため息を漏らしている。


「これは参ったね」


感心するように宣利さんが漏らし、我がことのように嬉しくなっていた。


素晴らしいデザートまで堪能し、レセプションが終わる。


「素晴らしかった」


「ファミレス経営の会社と聞いていたから侮っていたけど、これほどとは」


帰っていく人々の言葉を聞きながら、鼻高々になった。


「お父さん」


「花琳、どうだった?」


これほどの好印象を人々に与えておきながら、父はまだ心配そうだ。


「最高だったよ。

全部、美味しかった。

特にあの、お肉!」


「だろ!

話もらったときから足を棒にして探しまくったからな!」


弟は自慢げだが、それはよくわかる。


「よくやった、隆広!」


弟の肩をバンバン叩き、労う。


「へへ、姉ちゃんに褒められた」


弟は照れていて、いくつになっても本当に可愛い。


「これでオープンも安心だね」


「だといいんだが……」


父はいつまでも心配していておかしくなってくる。


「お義父さん、安心してください。

皆さん、高評価でしたよ。

きっといい口コミが広がって、連日満席間違いなしです」


力づけるように宣利さんが頷く。


「そうですか。

ありがとうございます」


それでようやく安心できたのか、父はほっとした顔をした。


結局、予約受付を開始して数分でプレオープンの日もグランドオープンの日も満席になった。

その後も予約枠は争奪戦となっているようだ。

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