セツナ物語
躑躅ヶ崎メイ
第1話 C2とフェニックス
光線が走った。それはほんとうに刹那の出来事だったので、見るものによっては幻想や妄想の類だと思う者、あるいは気にも留めない者もいただろう。
その光線は最短距離で、目的地に土埃も立てない無声音で到着。
その着地地点の間近にいた少年は、その非現実さとその光線を作り出した張本人である女によって恐怖する他なかった。
スーツ姿に豊満な胸、貼り付けられた笑顔に天性の他人を支配するような目、黒髪に長髪。これらによって少年は恐怖したのだ。
そして、その女は何も急ぐことなく少年へと足を進めてこう問う。
「フェニックスはどこ?」
少年は女が言葉を発してもなお脅威認定し続けた。そしてこの女の機嫌を損ねないよう、この女に調子を狂わせないよう答ようと努めた。
「フェニックス様は城の中にいます」
まずった、この女に敬意を払うならフェニックス様に様を付けるべきではなかった。けれども、少年にとってはフェニックス様はいつどこでもフェニックス様であるのだ。
「ありがとう」
この女が気にしているところはどうやらそこじゃないらしい。ただフェニックス様の居場所を知ること、それだけが大事なのだ。
現に、城の中と少年は言ったが、教えてもいない城の方向に寸分の狂いなく向かえるのは、空を飛んでいたあの一瞬でこの町のことを大方把握したからだろう。
だからこの女はどこまでも規格外でいるのだ。
少年は息をするのも忘れていて、今それを思い出し本能のまま逃げた。逃げまくった。
その間、女は城へと続く大路を歩いていた。
「あの人だれー?」
路地からは喧騒が絶え間なかった。普段外からは人が入ってこないこの町にとっては、この女はただただ異質で不気味だった。
「おいお前、どこのモンだ。何しに来た?」
喧騒から溢れた大男が女と対峙し問う。
「私はC2。フェニックスを殺しに来た」
そこからは刹那だった。
見物人、大男含めこの言葉にはただならぬ緊張が走った。見物人はこの女の正気を疑い、大男はこの女を除くため右足を一歩後ろに踏み込んだ。
「邪魔」
その声が聞こえたらもう大男の左半身は吹き飛んでいた。
静まり返る観衆と、その中心には大男の鮮血で彩られた血の噴水。その渦中を美しく鮮血で汚したC2の横顔を目撃する。これは絵画のようにも見えて、ただただこの現実に飲み込まれるしかなかった。
この刹那に起きたことはただ大男の左半身が喪失したことだけで、その間に行われたことはC2が歩いたことだけである。
大男が全身を抉られずにすんだ理由は、C2を殴り込むために一歩後ろに踏み込んでいたことと、大男がC2から見てやや右に立っていたことだけである。
「———」
支配的感情が恐怖へと変わった町にも、まだC2に抗おうとする者もいる。フェニックス様への不敬を見逃して自分の安全をとるか、フェニックス様のために自らを犠牲にするか、勇敢な者にとっては迷う余地のない一択なのだ。
「不死町を守るぞー!」
この声を合図に大勢がC2の前に現れては命を散らし続けた。
どれだけ命を尽くしてもC2の障壁としてはなんの足しにもならないと分かっていても、0.1秒、一瞬でもフェニックス様に到達する時間を送らせるために抗った。
それでもC2は何も変わらない。人を殺すにも力がいる。それをしてもなお余りある力の前では大騒ぎするにしても聞こえないほどだなあ。
赤いYシャツに黒みを増したズボン。それでも変わらない微笑でC2は城への階段に到着。
その頃にはもうこの町民、不死町民らはただただフェニックス様が殺されないことを祈るばかりであった。
C2がついに扉に手をかけ、城へ侵入。
「やっと静かになった」
C2は静かなところが好き。
それでも、これからは騒がしくなることは避けられない。だってフェニックスを殺しに行くから。
城への入り口の扉をくぐると、もう一つ大きな扉があって、そこがおそらくフェニックスの部屋だろうが、当然といえば当然のこと、固く鍵で閉ざされていた。
それをC2は片手で開け、いざフェニックスと対峙する。
「——ッッ!」
扉を開けるとそこにフェニックスがいた。
「見ない顔だな。どうやって入ってきた?」
フェニックスは嘶く以外にも人語を使えるらしい。
「この扉は開いていましたよ。だから私が入ってこられた」
「人間との会話はこんなものだったか。人間と会うのも久しぶりだから忘れていた」
「面白いですね」
「ははっ、冗談を言うな人間よ。それと、人間は私の前ではひれ伏すものだ、今思い出した」
「わかりました、フェニックス様」
「それでいい、人間」
「フェニックス様、私がここに参上した理由はあなた様を殺すことにあります」
「面白いことを言うな貴様。私フェニックスはフェニックスだから死なないのだ。誰をもってしても私は殺せん、いわんや人間においてをや。立場をわきまえろ。」
「そのことは重々承知しております。その上で、質問をさせてください。一、フェニックスはいつからこの町を統治している?」
「ふん、答えてやろう。記憶は曖昧だが、だいたい100年前だったなあ」
「二、君がフェニックスになったのはいつ?」
「生来だ」
「三、君は何歳?」
「これも曖昧だが、だいたい100歳だ」
「四、君は死んだことがある?」
「ない。だからフェニックスなのだ」
「五、死ぬかもと思ったことはある?」
「ない、同じような質問を繰り返すな。お前みたいな人間ごときが私に質問できるほど、機嫌がいいからと言って、図にのるなよ」
「じゃあ、君はただの鳥だ」
刹那、轟音をたてフェニックスが崩れ落ちる。その首から上はなにもなかった。フェニックスの真紅の翼が更に赤くなる、C2もフェニックスの部屋にいた全てが真っ赤に染まった。
さっきまでのフェニックスの威厳はこの巨体からはもう感じられない。フェニックスのこの姿を見たらきっと町民は絶望するだろう。
フェニックスの首を鷲掴みに城を出たC2は、不死町民を一瞥し飛び去った。不死町民は予想に反して、完全な絶望はしていなかったが、C2にはそのくらいしか分からない。
C2がこの町にいたのは10分弱。この町にとってC2の襲来は災害、それもちょっとやそっとじゃない、統治者の殺害という最上の痛手を含む大災であった。
後日談。いや、同日談。
官邸にて、C2はフェニックス討伐の報告をする。
政府の見方によれば、あの町はフェニックスに支配され、町民は拉致されているとのことだったが、実際は全く逆。町民はフェニックスのことを誇りに思い、自分たちを「不死町民」とも名乗った。
「それならフェニックスを殺さなくても良かったかもしれないね」
「あれはフェニックスではありません。フェニックス自身も死なないからフェニックスだと言ってましたが、実際には死んでしまった」
「そこはどうでもいいかな。町民にとってはすでに、フェニックスは不死身である必要がないんだよ」
「どういうことでしょうか?」
「フェニックスは『フェニックス』でいればいい、『フェニックス』らしくいればいい。フェニックスが本当に『フェニックス』であるかどうかはこの際関係ないってことだ」
「でも、フェニックスのことを怖がりはしなかったんですね?」
「あそこの町民も最初は怖かったんじゃないのかな?まあ、そっからどうやってフェニックスが崇め立てられるようになったのかは分かんないけど、C2はどう思う?実際に見てきたんだしさ」
「フェニックスは城から出ていませんでした、それも100年ほど」
「それだね。100年も統治しているなら、今生きてる人には昔の恐怖の考えは消えて、神だという考え方だけが残る。実際、フェニックスは町民に危害を加えるどころか、町民の前に姿も見せない。これだから、ますますフェニックスは『フェニックス』になって、信仰が生まれた。フェニックスは神になったんだ。多分町民は今でも大して変わってないと思うな」
「その通りですね」
「いやー終わってみると、この案件を君に託して良かったって思えるよ」
「どういう意味ですか」
「最初は全然分かんなかったんだけど、フェニックスとC2って似てるよね。ずっと隠れて、人に怖がられて。C2はフェニックスを殺して良かったって思ってる?」
「良かったに決まってますよ。だって、殺せって言われたことだから」
「ふっ、C2お前はやっぱり化け物だ」
「では」
その声が聞こえた時にはもうC2は官邸を出ていた。
「やっぱりC2という名前は適切じゃないね、セツナの方が似合ってる」
セツナ物語 躑躅ヶ崎メイ @tutuji_mei
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