十四話 なぜか皇帝に甘やかされる
第17話
「樹蘭様、こちらをお飲みください。
「……ありがとう」
東之宮から内之宮に帰ったあと。長い間指を酷使していたため、親指の付け根は悲鳴を上げていた。
凛凛に頼み、宮廷内の太医署の施薬院で薬を処方してもらってきたのだった。
彼女が持ってきたのは、濁った緑色の薬草茶。見るからに不味そうな見た目だった。
湿布が貼られた親指を撫でながら、薬草茶が注がれた茶碗を見下ろす。おずおずとそれを両手で取り口に運べば、見た目通り苦くて、嫌な匂いが鼻腔に広がった。
「うぅ……不味い」
「良薬口に苦し、と言います。決められた容量を飲まなければ効果がありませんので、どうぞ最後までお飲みください」
凛凛にそう言われ、しぶしぶ薬草茶を飲んでいると、彼女は別の椀が乗った盆をこちらに持ってきた。
「お口直しをご用意いたしました」
彼女が用意してくれたのは、砂糖水だった。
「気を遣わせちゃってごめんね。ありがとう」
「いえ。樹蘭様も苦い薬を飲むとよく甘いものを欲していらっしゃったので」
「樹蘭様も苦い薬を飲むことがあったの?」
口直しを差し出す彼女の手際がいいと思ったので、何気なく尋ねる。
すると凛凛はわずかに動揺して目を逸らした。そして、
「それは……たまに」
「何の薬?」
「……覚えて、おりません」
額に汗を浮かべる彼女を、らんかは怪しく思った。
(また嘘をついてる。凛凛さんはたぶん、嘘をつくのが苦手なんだわ)
もしかしたら、樹蘭は薬を飲んでいたのではないか。そしてその薬を飲んでいたことを知られると――凛凛に不都合が起こる。彼女の反応を見てそう解釈した。
けれど、凛凛が隠したがっていることを無理に詮索すれば、らんかに対する不信感を抱かせかねない。より本心を言わなくなる気がして、探りを入れるのはやめた。
(何の薬を飲んでいたか、後で施薬院に確認しに行こう)
そう心の中で決意して。
今のところ、犯人候補である二人の上級妃に会って来たが、彼女たちに樹蘭を暗殺する動機は見えてこなかった。
むしろ、一番引っかかる態度を見せるのは、樹蘭の傍にいた凛凛の方。
(刑部によると事件の当日、外から人が侵入することは不可能だったみたいだし……いつも近くにいた凛凛が関与している、とも考えられる?)
凛凛は、樹蘭に関する重要な情報をいくつか隠していた。頻繁に奇声を上げ、朝方まで暴れること、異常に猜疑心が強く凛凛が説得しなければ茶を飲めなかったこと、祓い師に依頼していたこと、何の薬を飲んでいたのかということ。
そこでらんかは、犯人候補の妃たちにしたように、凛凛にも尋ねた。
「凛凛さんにとって、樹蘭様はどんな存在?」
「恩人であり、家族のような存在です」
一も二もなく答える凛凛。何の薬を飲んでいたかという問いには口ごもったのに、この質問に迷いはなかった。
それから彼女は、自分と樹蘭の関係を話し始めた。凛凛は捨てられた名も無き孤児で、樹蘭が後宮に入る前、まだ周家の令嬢として暮らしていたとき、道端で飢えているところを拾ってくれたという。
樹蘭は凛凛という名前を与え、食べ物を与え、名家の令嬢の傍付きという地位も与えた。
樹蘭が後宮に入るときも、侍女に凛凛を抜擢した。
「樹蘭様は、何も持っていない、空っぽな私に多くのものを与えてくださいました。そして、卑しい孤児の私に、友として接してくださいました。私にとって樹蘭様は――全てでした。それなのに、どうして……っ」
樹蘭のことを語るうちに、彼女を失った悲しみを思い出したのか、泣きそうになる彼女。声が震え、眉間に皺が寄る。
らんかはそっと凛凛の背中に手を添えた。
「きっと犯人は見つかります。そのために私も頑張って協力するので」
「…………」
すると凛凛は言葉に詰まり、困ったように目を泳がせた。
「……もう、犯人を探すのは、やめませんか?」
「…………え?」
樹蘭を慕っているなら、彼女の憂いを晴らしたいと思うのが当然でさないか。それなのに、捜査をやめないかという言葉が出るのはおかしい。
「――申し訳ございません。今の言葉は忘れてください」
彼女はそのまま、逃げるように踵を返した。引き止めることもできず、らんかは唖然としていた。
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