十三話 元国民的女優、腱鞘炎になる
第15話
翌日、按摩師のらんかは麗明の元へ呼び出された。
午後から施術開始なので、午前の間にらんかはある場所に行った。
「あなたは……どなたです?」
「私は皇都で按摩師をしている者でございます。陛下の命で、今夜皇后陛下の施術を任されましたので、ご挨拶に」
「ああ、それはまたご苦労様です」
訪ねたのは、内之宮の侍女の居住区。按摩師として挨拶に行くと、侍女のふたりがで迎えてくれた。そのうちのひとりは、先日壺を割った侍女だった。
樹蘭の格好で今朝も顔を合わせているのだが、向こうは按摩師の正体に全く気づいていない。
樹蘭の前では怯えた様子だが、彼女たちは気さくで優しかった。
「皇后陛下のお噂は色々と伺っております。夜中に奇声を上げ、暴れることがあると……。お傍で仕える際に、何か気をつけることなどがありましたら、ご教示いただけると幸いでございます」
すると、壺を割った侍女が答える。
「その噂は事実よ。私たち側仕えも、陛下の癇癪には散々悩まされてきたわ。夜中に限らず、日中だって叫ばれることがあるのよ」
侍女ふたりはうんうんと強く頷いている。
やはり、凛凛は嘘をついていた。一番傍にいた彼女なら、その事実を知らないはずがないのに。
「あなたも、内之宮に行かされるなんて難儀ね。私たちも皆やめたがってるわ。物好きなのは凛凛だけ」
「昔は優しかった――って口癖みたいに言ってるけど、今優しくないんじゃ意味ないのにね」
樹蘭への不満は、凛凛への悪口に変わる。苦笑いしながら聞き流していると、壺を割った侍女が言う。
「……でも、壺を割ったのを許していただいたから、あの方の陰口はもう言えないわ。それに最近は少し丸くなったわよね」
「丸くなった!?」
ぎくっ。沈黙を貫いていたらんかが、思わず口を挟む。
「怒鳴りはするけど、前ほどの過激さがなくなったっていうか。壺の件もそうだけど」
「うんうん、丸くなったよね」
ぎくぎくっ。丸くなった、と侍女たちが口々に言い始め焦るらんか。悪女樹蘭を完璧に演じていたと思っていたが、いつも傍で見ていた侍女からすると違いがあるのかもしれない。
別人がなりすましていることに気づかれるのではないかと、だらだら汗を流していると、彼女が言った。
「悪女といえど、あんな事件が起きて、傷心なさっているのね」
事件のせいで、本来の横暴さが一時的に収まっている、ということで一旦話は落ち着いた。
(まだまだ演技の勉強が足りないみたい。頑張らなくちゃ)
向上心強めな女優らんかは、心の中で固く決意する。
「あのぅ……ご挨拶も済みましたので私はそろそろおいとまいたしますね」
「ちょっと待って」
東之宮に行って按摩師の仕事をするには時間があるので、一度内之宮に戻ろう。そう思って踵を返そうとすると、壺を割った侍女に肩を掴まれる。
「何でしょうか?」
「ねえ、私たちもすっごく身体が凝ってるの。良かったら揉んでくれない?」
「ほほほ……も、もちろんでございます……」
すると彼女は、後方に声をかける。
「皆! 按摩師が私たちに施術してくださるんですって!」
「み、皆……?」
すると、部屋から続々と侍女たちが集まってきたではないか。一体、らんかの腕が何本あると思っているのだろう。内心で突っ込みを入れつつ、頬を引きつらせるらんかであった……。
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