ルカーシュの話
はりか
第1話
首都ヴィオーツへと帰還すると、すでに凱旋パレードの準備がされていた。
一年に渡る西方諸国との戦いに勝利を収めたハルストカ公パヴェルは、凱旋パレードの主役たることを当然のものとして受け入れた。
首都を取り囲む城壁の西門から、パヴェルを先頭に粛々と勝利を祝する行列が、王宮へと進む。小高い丘の上にある王宮の、西側の門も大きく開かれていた。
王宮の門をくぐると、大勢の廷臣や諸侯がパヴェルを褒め称えた。石造りの王宮の、玻璃のはめ込まれた窓から、女官たちが意味ありげな視線でパヴェルを見下ろしてくる。
パヴェルの親友でもある国王が、廷臣たちの群れの奥から、射干玉の艶やかな長い髪を振り乱し、息を切らせて走ってやってきた。
普段は王宮の奥深くで静養生活を送る病弱な王が、外に出るということも、さらに走るということも、異例中の異例だった。
「パヴェル!」
か細い声を目一杯に張り上げて、王は大きく手を振りながら、パヴェルの目の前にやってきた。
相変わらずであらせられるな、とパヴェルは主君を眺めた。
線の細い優美な容姿の王が、満面の笑みを浮かべた。その繊細な指が、パヴェルの肩に伸びてくる。
「よくやってくれた! 誇らしい」
パヴェルも笑みを返す。この瞬間のために生きているようなものだ。
「ありがとうございます、陛下」
病弱で政治に疎い国王をお支えし、濁世というものを何も知らないで頂く。それがパヴェルの願いであった。
王の指が、今度はパヴェルの頬に伸びてくる。
「本当に誇らしい、ありがとう、パヴェル。わたしの代わりに諸事をこなしてくれて」
その通りだ。
パヴェルは王の澄んだ紫の瞳を見た。自分は王——ルカーシュの代わりに存在する。
何よりも大事な存在、彼のためであれば命など軽々差し出せる主君。その身代わりに、軍事も政治も外交もこなし、この国を実質的に治めているのだ。
その御前に、跪いた。
「陛下の御為に、私は命をお捧げする覚悟です」
王は、少しだけ溜息をついて顔を背けると、また顔を戻して満面の笑みを浮かべた。
「頼りにしている」
彼がそういったので、パヴェルは目を細めた。
戦勝を祝う祝宴が開かれた。
王太后がパヴェルのために主催したものだ。一人息子の側近の、二十五の眉目秀麗な若者を、王太后は殊の外気に入っていた。
美姫の酌を受けながら、パヴェルはことさら乱れることもなく、宴の主役であり続けた。皆から賛辞が絶えることはなかったし、パヴェルはそれを当然のものとして受けた。
だが、一つ気にかかることがあり、自分の傍に座す、婉麗な身なりの王太后に聞いた。
「陛下はいずこに? お顔が見えませんが」
王太后はふっくりした紅の唇をしとやかに開いた。憂い顔に憂い顔を重ねて。
「あなたが戻ってきてはしゃぎすぎたようなの。あの後、熱を出して、寝所の『夜の間』でお休みになっておいでだわ」
「……それは」
肩に優しく王太后の手が触れてきた。艶めかしく囁かれた。
「あなたはルカーシュのためによく働いてくれている。……わたくしも満足しています。帰ってきて、本当に嬉しい」
白魚のごとき指が、パヴェルの肩を撫でた。
「昔から頼りにしているわ。ルカーシュをお願い。その力をルカーシュのために使って。決して悪しき心を抱かぬよう」
静かに頷くと、女は笑んで手を離した。
ルカーシュの不調はいつものことなので、心配はしつつも、王宮の中に特別に設えられている寝室へと向かった。パヴェルはルカーシュの側に侍りはじめた十歳の頃から、王宮内に特別に寝室を下賜されている。
小さい頃から——出会った頃からそうだった。ルカーシュは身体が弱い。よく二十三年も生き延びたと思う。
寝室の扉を開けると、麝香の香りが漂っていた。小机に置かれた銀の水差しに、葡萄酒が注がれている。その傍にある銀杯に葡萄酒をそそぎ、一気にあおった。
こういった戦勝の後や、政務で何か一仕事終えた後は「愉しむ」ことにしている。
微笑みながら寝台へ赴くと、女がこちらに背を向けて座っていた。
——黒髪か。
ルカーシュと同じ髪の色、と少し嫌な気分になりながら、彼女の脇にどっかりと座った。女の髪をそっと掴んだ。射干玉の艶やかな、絹のような手触りの髪だった。
その髪を、手に絡めてしばらく楽しむ。女は不慣れであるらしく、身体を固くした。
こういう女は、優しく振舞ってやらなくてはならない。
彼女が身を縮こまらせるなか、「大丈夫だよ」と囁きながら髪をそっとかきわける。頸を露わにさせ、静かに唇を当てた。
「——っ」
彼女がびくりと身体を震わせ、甘やかな吐息を漏らした。
「いい子だ」
女を腕の中に閉じ込める。すると、少しだけ彼女は悶えた。それも良い、と思いながら、女の身体を弄る。男のように骨張っていて脂肪があまりないのが、非常に好ましい。あまりむっちりした身体は好きではない。
パヴェルは女のすっかり上気している耳に熱い吐息を吹きかけた。
「さあ、顔を見せて。可愛い人」
女はゆっくりと振り向いた。
パヴェルは生まれて初めて悲鳴をあげた。
女の顔は主君そのものだった。
ルカーシュの話 はりか @coharu-0423
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