トドオカVS殺人ラーメン

よるめく

第一話

「だ―――ま―――さ―――れ―――たァァァ―――――――――ッ!!」


 ぴのこは絶叫しながら夜の道路を必死で走った。巨大な影は元居た場所からしつこく追い縋ってきて、一向に見逃してはくれない。


 ガシガシとあぎとのように開閉しながら迫りくるそれは、ラーメン屋である。しかしただのラーメン屋ではない。味噌の調合を間違えて爆死した店主の亡霊が経営するラーメン屋、“殺人麺キラーメンきらふろる”である。


 ぴのこは全速力で走りながらスマホを取り出し、自撮りモードで背後を撮影しながらTwitterを開く。重度のツイ廃、それだけが理由ではない。このラーメン屋を紹介してきたのは他ならぬ相互フォロワーだったのだ。


 ―――ラーメン屋に襲われてるんですけどここから入れる保険あります?


 いいね、リツイート、インプレゾンビが通知に湧く中、ぴのこは目的のアカウントを捕捉した。彼をこのラーメンチェイスに誘った元凶の人物は、いけしゃあしゃあと呑気なコメントを送って来ていた。


『あ、いけたんですね? 味の方はどうでしたか?』


「“どうでしたか?”じゃないんだよな!」


 緊急事態ゆえに口からツイートが迸る。音声入力とそん色のない速度のタイピングは今わの際だからこそできる芸当だった。


 ぴのこは続けて罵詈雑言を叩き込む。何がラーメンロスを慰めたいだ。何がトドノベルの糧にしてくださいだ。こちらはラーメン屋に貪り食われる寸前なんだぞ。


 怒りの連投を叩き込んでいると、相手はすぐに返信を送りつけてきた。それを見る前に、ぴのこは通りがかった公園に飛び込む。背後でガン、と衝突音。公園入口の柵にラーメン屋がつっかえて、入って来れなくなっていた。


 このまま逃げ切れるかもしれない。淡い希望は、返信によって打ち砕かれる。


『そのラーメン屋は呪った相手をどこまで追いかけるらしいんですよ。宇宙飛行士がシャトルごとスペースデブリになった話なんて有名ですね』


「飛ぶのか!? あのラーメン屋! じゃあ詰みじゃねえか!」


『ですが落ち着いてください、そこから入れる保険があります。呪いを他人に移せばいいんです』


「呪い移しだと……」


 ぴのこは足を止め、周囲を見回す。呪い移しとは言うが、移せる相手などいない。時間は深夜24時、ラーメン店も眠る時間だ。


 こんな時間に小腹が空いて食麺衝動が湧いて出るとは。自分のラーメンホリックぶりを恨んでいると、バキッ、と鉄が折れる音がした。公園入口の柵のひとつめが、ラーメン屋に耐えきれなかったのだ。


 このままでは突破も時間の問題だろう。ぴのこは止む無く公園から逃げ出そうとして、足を止める。隅のベンチにジャンプを被って眠る男がいるではないか。


 極限状態にあって善性など保ってはいられない。ぴのこは急いで男に近づき、送られてきた呪い移しの儀を行った。


①まずはカップ麺を作ります。


②中身を冷凍さぬきうどんと入れ替え、呪いを移したい相手の腹の上に乗せます。


③啜られていく麺のポーズを取りながら『ちゃんぽんチャンピオン』と叫びます。


④あとはその場を離れれば呪い移しは完了です。


 すべてをつつがなく終えたぴのこは、しかし逃げるふりをして公園の茂みに隠れ潜んだ。本当に呪い移しが完了したのか確かめるためだ。


 かくして公園入口の柵を破壊してラーメン屋が乗り込んで来た。藍色に塗られた一階建てのテナントは、まっすぐベンチに寝そべった男へと忍び寄り、ベンチごと男を食べてしまった。


 今更ながら、ぴのこの胸に罪悪感が湧いてしまう。だが、悪いのはすべてこの罠を仕組んだフォロワーだ。何がスランプを解消するためにとっておきのラーメンを捧げます、だ。ワンチャン書けなくなった自分を消すつもりだったに違いない。


「恨むならあの狂読者を恨んでください……!」


 ぴのこが合掌していると、ラーメン屋はその場で停止し、動かなくなった。どうや

らこちらを追ってくることはもうないらしい。


 今のうちにそろりそろりとその場を離れ、慎重に移動する。公園が見えなくなる寸前、ぴのこは一度ラーメン屋を振り返り、そして全速力で駆け出した。

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トドオカVS殺人ラーメン よるめく @Yorumeku

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