第18話 オタサーの姫(本物)

 ゴッドランドとは違い、この世界では知らない人間のお茶の誘いを断っても無礼にはならないし、何の接点もない女性にいきなり声をかけてくる男は、ほぼ確実に体目当てか詐欺師か宗教関係者のどれかなので、関わらないほうが賢明である。


 フレイヤさんにしつこくそう言い聞かせはしたが、それでも不安だった僕はその日の放課後、彼女を図書館に放置せず、サークルの活動場所まで連れて行った(アパートで留守番をさせなかったのは、それこそセールスや宗教勧誘に引っかかるかもしれないからだ)。


 僕が所属しているバッグサーは、別にインカレサークルというわけではないが、部室棟に専用の部室を持たず、学生課に申請した教室で活動している「非公認サークル」なので、入部届を出す必要もなく、良くも悪くも緩い。


 そのため、部外者であるフレイヤさんを活動に参加させてもさほど問題はない、というわけだ。


 強いて言うなら、世界的に有名なコンテンツであるバッグモンを、異世界人の彼女は全く知らないので、怪しまれるかもしれないというリスクはあるが――まあ、そこまで気にする必要もないだろう。


「お疲れ様でーす」


「お疲れ様……お?」


 そう判断して、僕が教室に足を踏み入れると、挨拶を返してくれた部長がフレイヤさんの存在に気が付き、目を丸くした。


「坂上くん、その子は?」


「えっと……高校の時のバイト先の友達で、最近この辺に引っ越してきた子なんですけど、バッグサーの活動に興味があるらしくって……」


 このサークルには僕と同じ歴史学科の人間は一人もいないので、「学科の同級生です」と紹介しても良かったのだが、今後入部してくる可能性も考慮して、僕は裏が取りにくい話を適当にでっち上げた。


「はじめまして。フレイヤと申します」


 フレイヤさんがぺこりと頭を下げると、部員たちは「お願いしまーす」と応じた。

 僕が何の前触れもなく美少女を連れてきたことに対する驚きも、部外者に対する警戒もない。


 ただ、「サークルの活動に興味のある人間なら歓迎する」という姿勢。


 それが僕には、とても心地よかった。


×       ×       ×


 ひとまずフレイヤさんは僕の隣に座り、「マルチバトル」と呼ばれる携帯ゲーム機を使った二対二の四人対戦を見学することになった――のだが。


「結人さま、これはどちらが有利なのでしょうか……?」


 頭を僕の肩に乗せながら、退屈そうに尋ねてくるフレイヤさん。


 バッグモンはおろか、電子ゲームの類をプレイした経験そのものが皆無な彼女は、何が面白いのかわからないようだった。


 まあ、携帯ハードのゲームなど、映画に比べたら映像としてはショボいし、前提知識のない人間が観戦しても楽しくないのは、当たり前のことかもしれない。


「あー、えっと、これはですね……」


 それにしても、こういう適度でさりげないボディタッチのほうが、胸や股間を思い切り押し付けてくる痴女ムーブよりもグッと来ると思うのは、僕だけだろうか。


 サラサラな髪の毛の感触とか、女の子特有のフローラルな香りとか、色々とたまらない。


 シャンプーもコンディショナーもボディソープも、僕と同じものを使っているはずなのに、なぜ彼女だけこんなにいい匂いがするのか不思議だ。


「坂上、お前彼女に自分のこと様付けで呼ばせてんの?」


 そんなことを考えていた僕を、同じチームの同級生がニヤケながら肘で小突いてきた。


「……フレイヤさんは北欧出身だから、日本語の文法をよくわかってないんだよ。あと、彼女じゃないから」


「そうは見えねえけどな……」


 僕の肩に寄りかかっているフレイヤさんをちらりと見ながら、同級生がぼやく。


 この距離感は確かに、電車で並んで座っているカップルのように見えないこともないかもしれない。


「あの……フレイヤさん、よかったらカードゲームとかやってみません?」


 そう感じた僕は、ゴッドランドにもトランプや花札のような遊びはあるであろうことも加味して、フレイヤさんに提案した。


×       ×       ×


 マルチバトルが一試合終わったところで、僕はフレイヤさんを連れてテーブルを移動し、カードゲームが好きな先輩の部員と、実際に一戦を交えることにした。


「で、技を使うのに必要なエネルギーが溜まったので、実際に使って相手のバッグモンを倒すと……こうして、自分のサイドを取ることができるわけです」


 と言っても、僕は横から遊び方を説明しているだけで、実際に僕のデッキを使って戦っているのはフレイヤさんだ。


「なるほど……」


 彼女の表情は先程とは違い、ピンと来ている時のものだ。


 やはり、紙のカードを使っての対戦は、携帯ゲーム機の小さな画面で繰り広げられる戦いよりも実感が湧きやすいのだろう。


「やっぱ強いなー、そのデッキ」


 バトル場のバッグモンを倒された先輩が、笑いながらそのカードをトラッシュに移動し、ベンチから新しいバッグモンを出す。


 初心者のフレイヤさんを接待するために、今は弱めのデッキを使ってもらっているが、本気の彼と戦ったら、おそらく僕でも五回中四回は負けるだろう。


「なんだか、あの時と逆みたいですね」


「あの時?」


 フレイヤさんの何気ない言葉に、先輩が反応する。


「あー、バイト先だとフレイヤさんのほうが先輩で、僕に色々と教えてくれたんですよ」


 おそらく、彼女が言っているのは先日、「融合変身メタモルフュージョン」をした時のことだと思われるが、それを正直に話す訳にもいかず、僕は適当に誤魔化した。


「あー、なるほどね……」


 先輩の態度からは、「納得はいかないが何か事情があることはわかったので、これ以上は聞かないでおいてやる」という雰囲気が漂っていた。


 対面で相手の思考を読むことが重要なカードゲームの熟練したプレイヤーには、その場しのぎの作り話など通用しないということか。


 だが、真に称揚すべきなのは、察しの良さではなく気遣いのほうだろう。


 ゲー研の部員たちのデリカシーのなさに比べれば、まさしく月とスッポンである。


 ああ、このサークルに入って良かった――


「イキスギィ!」


「イクイクイクイク……」


「ンアッー!」


 マルチバトルをしているグループのほうから、ネットミームを使った下品な会話が聞こえてきたのは、僕がそう考えていた時のことだった。


 ……まあ、こういうのもあまり褒められた行為ではないかもしれないが、直接的なセクハラや露骨な女性蔑視発言に比べれば、だいぶマシだと僕は思う。


 少なくとも、昨日の二人組のような本物の性犯罪者よりは、だいぶまともだろう。


 学内でナンパした初対面の相手に睡眠薬を盛った彼らは、流石に極端な例かもしれないが、いわゆる「ヤリサー」では、それに近いことが行われているのは想像に難くない。


 新歓で未成年の女子にお酒を飲ませて、酔い潰れたところを「お持ち帰り」するくらいのことは、普通にしているはずだ。


 さて、そういう連中とバッグサーの人たち、どちらが「普通の大学生」なのだろうか?


(なんだか、考えるのがバカらしくなってきたな……)


 僕は少し前に、「普通」が何なのかわからずに悩んだこともあったが、もしかしたらそれに拘ること自体が、無意味なことだったのかもしれない……。

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