第14話 おちていく勇者

【リーナスが追放されてから二日後】


 元勇者スラムが今いる場所。それは昼であっても陽の光が満足に届かないほど深い森の中。その名を『常闇とこやみの森』という。通常ならば人が足を踏み入れるような場所ではない。


 だが今のスラムには好都合の場所だ。なぜならスラムは逃亡中だから。逃亡犯にとって、人が来ない場所というのは天国なのかもしれない。


(クソッ! 目がかすんできやがった……!)


 ところが今のスラムにとって何よりも優先させるべきことは、『食べる』こと。


 指名手配されてからというもの、ろくに食事をしていない。最後に何か食べたのはいつだっただろう。もはやそれすらも思い出せないほどに、スラムの体力と精神力は限界を迎えている。


 森を抜けて見つけた屋台で食べ物を盗もうとして見つかり、この森へ引き返した。そして自身の目立つ金髪に原因があると考え、ナイフで不揃いに髪の毛を切り落とした。そんな行動を取るほどにスラムは追いつめられている。


 逃げるために強化魔法を連発したこともあり、今のスラムにはもはや戦えるほどの体力は残っていない。なのでもし森から出て誰かに見つかったら、今度こそ捕まってしまうだろう。


 となると、この森の中でなんとかするしかないという選択を強いられる。


(何か……食べられる物を……)


 幸いにも今は昼だ。わずかばかり差し込む光のおかげで、周囲に何があるかくらいは分かる。一心不乱に食べ物を探すスラム。もはや顔を上げる力ですらもふり絞らなければならず、自ずと視線は下へ向く。


 そんな中、大木の根元にキノコを見つけた。鮮やかな赤色をしており、美しい。紛れもなく食べ物だ。


 この森に入ってから時々見かけてはいたが、その時はまだ多少の余裕があったので、食べるという考えは無かった。当然、毒キノコを警戒してのこと。でも今は違う。生きなければ。


 スラムは生存することと毒におかされる危険性を天秤にかけた。


(食うしかねえ……っ!)


 今は極限状態。それにこのキノコは毒キノコじゃない可能性もある。


 スラムは戦闘能力においては驚異的な成長を見せたが、毒キノコを見極めるといったような知識面においては、まだまだ未熟である。

 勇者認定されたとはいえ、冒険者としては一番下のFランクだった。故に経験や知識が足りない。


 Aランクのリーナスやフレンがいれば的確なアドバイスがもらえただろうが、わずか一ヶ月でスラムは自らの手によって追放したのだ。


 戦闘能力だけが冒険者に必要な力であると盲信しているスラムにとって、それはとんでもない悪手であった。


(あいつらなら何か知っていたのか……?)


 スラムは赤く美しいキノコをもぎ取り、加熱もせずに獣の如くかぶりついた。生で食べるなんてありえない。が、それができる種類もあるということくらいはスラムでも知っている。


 だがそこまで。それ以上のことは知らなかった。もっともそれが分かったところで、加熱する方法を持ち合わせていない今のスラムには、どうでもいいことだった。背に腹はかえられない。


 ねっとりと絡みつくような感覚が喉に残る。味なんてあるわけない。だが胃には確かに食べ物が入ったことが分かる。スラムは言いようのない不思議な満足感を感じていた。


 今のところ体に異変は感じられない。高ランク冒険者には、長い冒険のなかで毒耐性を身に付ける者もいるという。


(なんだ、なんともねえじゃねえか。普通のキノコなのか? それともいつの間にか俺に毒耐性がついてたのか?)


 安心したスラムは目に映るキノコを限界まで食べ、忘れかけていた満腹感を取り戻し、少し休息をとった。


(とりあえず動けるようにはなったが、これからどうすっかな……)


 軽く走れるくらいには回復したスラムは、他にも食べ物がないか探すことにした。


 雑草を踏み倒し木々の枝をよけて進むと、ひらけた場所に出た。そこには一本の大木があり、果実がなっている。その果実にはスラムも見覚えがあった。


 食品店で売られているごく一般的な食べ物だ。通常は皮をむいて食べるものだが、みずみずしく甘い味が特徴的で、デザートとして人気がある。


(マジかよ、ラッキーじゃねえか! 勇者になると運も上がるのか?)


 スラムは大喜びで大木の下に行き、木に登ろうとする。だがスラムはここでただならぬ殺気を感じた。


(何かいやがる……っ!)


 スラムは辺りを見回したが、特に異変はないように見える。その時、ただでさえ満足でない視界がさらに暗くなった。まるで何かが覆い被さったかのような。


(上か……っ!?)


 頭上からゆっくりと降りてくる生命体がある。それが近づくにつれて、自分よりもはるかに大きな個体であることが分かる。


 地面に降り立ったその生き物の大きさは20メートルほど。漆黒の羽、漆黒の体、漆黒のしっぽ、眼光鋭い赤い目。


(ブラックドラゴン……だと?)


 それは最も危険であるとされるSランク魔獣。Aランク四人のパーティーでも勝率一割ほどだといわれており、逃げることすら困難だという。そんな魔獣がスラムの目の前に現れた。


(か、勝てるわけねえ……っ!)


 こうして対峙するだけでも、恐怖と威圧感で思考回路がどうにかなりそうだ。


(いやだっ……! 死にたくない……!)


 スラムは腰を抜かしながらも、ただ生きたいという一心で、地面に這いつくばってこの場から離れようとする。


 その時だった。スラムは全身の血液が沸き上がるかのような興奮と高揚感に包まれた。


「戦いだ……! ようやく戦える! 血湧き肉躍るぞおぉっ!」


 そう叫んで立ち上がったスラムは、雄叫びを上げてニヤリと笑う。


 そして小さなナイフ一本を持ち、無謀にもブラックドラゴンめがけて正面から突撃していった。




 それからほんの数分後、当然のことながらスラムはブラックドラゴンに完敗した。傷一つ負わせることもできず、一撃で動けなくなった。


 仰向けに倒れているが、体に全く力が入らない。立ち上がることすらできない。もしかすると、あらゆるところの骨が折れているのかもしれない。だが命が助かっただけ幸運ともいえる。


「もっとだ……! もっと戦いたい! 戦闘こそ至高の喜び……っ! ヒャッハー!」


 それでもスラムはひたすらに戦いを欲する。もはや正気ではなかった。



【次回もスラム側の話】

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