天然美少女に人工少女は勝てない

流川縷瑠

天然美少女に人工少女は勝てない


眩しいくらいの光が私の目の前に現れる。

私は眩しさのあまり、目を腕で覆う。

けれど視界を隠してもなお感じる光は、皮膚をも貫き私に光を見せる。

次第にその光に目を惹かれ、私は腕を下ろす。

それは、私の目を、思考を、全てを釘付けにしていく。


そして、私は、


昔、小さい頃にそんな夢を見た。


“何か”が目の前に現れて、私に言った、

“君は龍になる、永遠の命を手に入れるでもなく神になるわけでもなく君は、龍になる。”

それは、光みたいに眩しく、私の視界を真っ白に包んで消えた。

みたいな、夢をみた。


夢だと、思っていた。







ピカ

チカチカ、

  チカ  チカ  チカ、チカチカチカ。


点滅する蛍光灯、を私はボゥっと眺める。

教室の天井に付けられた蛍光灯の一つがチカチカと光っている。

私はまだ、光ることができるというように光る。

それが、嫌に目を引いた。


ピカ

チカチカ、

  チカ  チカ  チカ、チカチカチカ。


チカ。


「なーにぼやっとしてんのさ」

ボカっと後頭部を叩かれる。

振り返ると、友人の和香里杏菜わかりあんながこちらを見ていた。

顎ほどの長さの髪がさらりと頬にかかる。

「寝不足?」

「んーそんなとこ」

「可愛い顔にクマなんてできたらどーするよ」

「そんな私も愛してくれる?」

冗談まじりにそう言うと、和香里が一瞬真顔になる。

あれ、すべったか?

一瞬心配が頭をよぎったがすぐにその不安は打ち消される。

「もっちっろんだろーが!!」

和香里何私に勢いよく抱きつく。

力が強く意外と痛かった。


「私のひしかわは世界一かわいいんだからなぁー」

「和香里のが可愛いさ」

私がそう言うと、和香里は真顔で、いやそれはないと答える。

これは、マジのやつだ。


和香里は、私の隣の席の椅子を出し、座る。

「ところでさ、ひしかわって、夢って信じる?」

「どういうこと?」

私は和香里の言っている意味がわからず聞き返す。

夢を信じる?

それは、眠る時に見る夢なのか、はたまた将来の目標の夢なのか。

「夢ってさ、基本現実にならない?」

「……怖いこと言わないでよ」

私は少し体を引く。

怖い話は苦手だから、やめて欲しい。

和香里は笑って手をひらひらさせる。

「怖い話とかじゃないって。たださぁ……」


ガラリ

教室の扉が開く。

自然と、扉に視線が向く。

話の途中でも課題を急いでやっていても、見てしまう。

長い黒髪、まつ毛、唇白い肌。

全てが魅力の塊。

窓際の席の、揺れるカーテンが彼女の翠の黒髪にそっと触れる。

窓から差し込む光が優しく頬を照らしている様子にどこからともなく、はぁ、と声が漏れている。


ふと、彼女が首を動かしこちらを見る。

切れ長のくっきりとした黒い瞳が私を捉える。

私は思わず息を止めた。


長い黒髪。ほんのりピンクに染まった唇。

18歳の、私より早生まれの女の子。

私の同じクラスの、学校のマドンナ。

宝石みたいな女の子。

私は、ただの同じクラスの、女の子。


「おはよー」

「はよー」

「おっーす」


「ねーひしかわ聞いてよひしかわー」

挨拶がてら友達三人と和香里が一斉に私の周りを囲う。

必然的に視界が遮られる。

「どしたの」

私が聞くとよく聞いてくれたというように、私を囲った友達の一人、カワセミが顔を近づける。

「今日髪やばくない?」

「えかわいいよ?」

「こいつよ、こいつ!」

カワセミは自分の頭のぴょんと跳ねた部分を指さす。

「こいつがどんなに真っ直ぐにしてもぴょんって右にはねるの!」

試しにまっすぐに引っ張って見るがすぐにビヨンと元の形に戻ってしまう。

変な癖がついてしまったのだろう。

「まじで無理なんだけどー」

カワセミは心底嫌そうに言う。

話して満足したのかカワセミはそのまま去っていく。

カワセミはかわいい。

カワセミは、かわいいの努力をしてる子。

そして、かわいい自分に、依存してる子。


カワセミがいなくなった場所から窓際に座るマドンナの姿が見えた。

が、それも一瞬でまた私を囲う友達が視界を遮る。


「ね、ひしかわ。文化祭のさ、劇出てくれない?」

ぱっつん前髪がかわいい、花枝。

「いいけど、何役?」

「マドンナ役」

私はちらりと窓際の方に視線を向ける。

花枝は私の視線に気付き、ひらひらと手を振る。

「流石に、頼めないって。ひしかわに、やって欲しいの。」

私は少し悩むそぶりをしてから頷く。

「分かった、頑張ってみる」

「ありがとうまじ嬉しい助かる!」

花枝は喜びながら、去っていく。


花枝は、誰にでも隔てなく優しく、明るいムードメーカー。

ひまわりみたいな女の子。

そして、日に当たらなくなるのを恐れている女の子。


花枝がいなくなった空白から、また窓際に座るマドンナが見える。


可愛くて優しいマドンナ。

笑った時にできるえくぼがとってもかわいいマドンナ。

耳にかけた髪がサラサラして、可愛い、宝石みたいなマドンナ。

視線が合う。

マドンナはにこりと笑ってみせて、可愛いえくぼが光る。

私もマドンナの真似をしてないえくぼを光らせて笑う。


「え、ひしかわなんかほっぺに付いてない?」

「え?」

私は自分の頬を触る。

硬い、冷たい感覚。

鏡を取り出す。

映るのは、頬に小さく光る、鱗。


「え、あーコンタクト、とれちゃってたかも」

頬を抑えて思わず私は嘘をついた。


「大丈夫?」

「うんたぶん、大丈夫」

心配する友達から私は体を引く。


キーンコーンカーンコーン

予鈴が鳴る。

同時に一斉にみんな自分の責任戻って行く。

先生が、教室に入り、授業が始まる。


私は先生の話を聞きながら、頬を押さえる。

「……鱗?」

小さいつぶやきは、きっと誰にも届いていない。






「ひしかわ」

私の名前を呼んだのは、クラスのイケメン龍ヶ崎。

「え、何?」

驚いて、少し声が硬くなってしまう。

滅多に話しかけられない人物だから、少し緊張してしまう。

と同時に、どうして?が頭に浮かぶ。

私は、バッと頬を隠す。

「山田せんせが呼んでる」

「あー分かったありがと」

龍ヶ崎は用は済ませたらすぐに自分の席に戻り、本を読み出す。

彼はクールだ。

長めの黒髪から覗く瞳は普通の男子とは違う光が宿っている。

まるで狼。

でも、きっと彼は狼のふりをしている子犬だ。

私は横目で彼を見ながら教室を出て、廊下でプリントを持って待っている山田せんせの所に行った。




私は小さい頃みた夢を、思い出した。

小さい頃夢の中、キラキラ光る何かが、私に言う。


“君は龍になる”


それは、キラキラしていて、手を伸ばしてもまだ届きそうになくて、私は、キラキラ光る何かは、龍なんだと思った。

龍は、言った。

私は龍になる、と。

私は、小さいながらになりたいと、そう思った。



チカチカチカ、

  チカ  チカ  チカ、チカチカチカ。



放課後の教室でも、まだ蛍光灯は切れかけでチカチカ点滅していた。


誰もいない教室は、特別感があった。


私は、自然と窓際の、マドンナの席に目を向ける。

自然と、足が動いていた。

そっとマドンナの机に触れる。

私の机と変わらない、普通の木の木目が綺麗な机。

椅子を引き、マドンナの席に座ってみる。

窓を少し開けてみる。

風が吹き、優しくカーテンが揺れる。

私は頬杖をついてみる。

だけども、私は、マドンナになれない。


「ぜっっったいに、マッシュだねこれ真理」

「ありえんまじありえないんだけど、絶対にツーブロでしょ」

「はーー?」

声は次第に教室に近づいてくる。

私は突っ伏し、寝たふりをした。

頬の冷たい鱗が嫌に、机に当たった。


「龍ヶ崎君は絶対、ツーブロのが似合うって!」

「いやいや今もツーブロみたいなもんでしょ、私は絶対マッシュのがいい」

この声は、花枝とまかさん。

足音は三人。

きっとうちのクラスの仲良し三人組、花枝まかさんピンチョだ。

寝たふりをした私には気づかず、椅子に座る三人、の音。

花枝の荒げた声。

「それあんたの好みでしょが!」

「これは好みの話でしょうが!」

「たしかに!」

どんと机を叩く音。

「てかぁ、あんた中村倫也似の男が好きって言ってたじゃん」

「それはそれこれはこれ」

「花枝君、君は全くもって分かっていないよ花枝君」

「なぬ」

「もし、なかやまきんに君がマッシュにしたらどう思う?」

「え、吹き出す」

「それとおんなじだよ」

「どれと⁉︎」

「龍ヶ崎君がなかやまきんに君だと考えてみて」

「似ても似つかないけど⁉︎」

「龍ヶ崎君はぜっったいマッシュは似合わない!!」

「ないわーマジないありえない」

「「ピンチョはどー思う?」」

一拍置いて、ピンチョが答える。

「……いいと思う」

「全肯定人間」


「私学校に推しとかいないからなー、龍ヶ崎のどこがいいの?」

「顔」

花枝即答。

「ふくらはぎ」

同時にまかさん。

「おうおうおう」

「とりあえず顔がいい尊い」

「流れる汗が素敵」


足音。

少し慌てたような足音はこの教室の前で止まる。

「悪い、そこ俺の机」

低い声、多分、この声は龍ヶ崎だ。

三人組は急に静かになる。

「制汗剤入れっぱっぽくて」

「ちょい待って」

机の中をガサゴソと漁る音。

「……これ?」

「それだありがと」

龍ヶ崎の足跡が遠ざかっていく。


龍ヶ崎の姿の足跡が聞こえなくなったあたりで、ため息が教室に響く。


「すっっっっっきだが⁇」

「ユニフォーム姿イケメンすぎ」

「うちの推し最強すぎマジかっこいい」

「クールなとこ好き」


「ガン見したのはじめてかも」

「言い方」

「なんか、じゃがおみたい」

「じゃがお?」

「じゃがりこのキャラクターね」

「あれってそんな名前なんだ」

「じゃがおではないでしょー」



「あと爪めっちゃ綺麗だった」

「わかる」


一瞬沈黙。

息を吸いこむ音。

「「せーの!!」」

「マッシュ!」

「ツーブロ!」

「マッシュ!」

「ツーブロ!」

花枝とまかさんはひたすら掛け合いを続ける。


私は、知っている。

明日には、きっとセンターパートが一番だとかいう話に変わっていることを。


三人組が教室を出ていく。


足音が遠ざかったのを確認して、私は顔を上げる。


「……外いこ」


私はカバンを持ち、教室を出た。



外に出ると、風がびゅおっと吹いた。

反射的に、前髪を押さえる。

風は私の頬をさっと撫でて、私を優しく包み込む、なんてことはなく、ただスカートが少し靡いて前髪が暴れる。

私はそれを必死に押さえるだけ。

風は意地悪だ。

私は外に出たことを後悔する。


波のように吹いては、止まり、吹いては止まるを繰り返す風を思わず睨む。

風が少し止むと、やっと私は前髪から手を離す。


夏の風鈴の音が好きだ。

冬の冷たい空気の空が好き、体育は少し苦手。

音楽が好き、でも自分を出すのが苦手。

かわいいに憧れる私は、あのマドンナには決してなれない。


「ひしかわ」

低い声が私を呼んだ。

振り返ると、クラスメイトの河ヶ工がいた。

「今暇?」

「まぁ、うん」

私が頷くと、河ヶ工はこっちと言って歩き出す。

ついてこいということなのだろう。

私は、かばんを持ち直し、河ヶ工について行った。

「文化祭のさ、道具作り始めてて手伝い欲しくてさ」

「みんな帰っちゃったもんね」

「ごめん引き止めて」

「いいよ、私も一応役者だし」


絵の具やらダンボールをコンクリートの上に広げたスペースがあった。

おそらくここで小道具を作っていたのだろう。

河ヶ工は、適当な場所に座り込む。

「ほい」

河ヶ工が何かを私に投げる。

「……何これ」

「鱗だよ」

私は手のひらの鱗なるものを見る。

不格好だが、綺麗な薄い緑色が塗られている。

頬の冷たい感覚を思い出し、私は髪で頬を隠した。

河ヶ工は、私に鱗を塗って見せながら説明する。

「こうやって塗ってほしいって頼まれた」


河ヶ工は、パレットに絵の具を出し、少量の水で筆を濡らして混ぜる。

私もそれに倣い、色を作る。


静かな風が頬を撫でる。

バケツに入った水を混ぜる音だけが響く。



「透明って難しいよな」

河ヶ工が、おもむろに口を開く。

「鱗って透明なイメージなんよ俺的に」

「透明」

私は鱗に色をつけながら、相槌を打つ。

「キラキラ光って虹色に見える感じ」

「……いいね、それ。」

「でもガラスでもない限りむずいじゃん、そういうの。だけど割れ物は危ないからってこうしてダンボールにこうやって色付けるしかないから残念だよな」

「意外とこだわっちゃうタイプなんだ」

河ヶ工は恥ずかしそうに頷く。

「最後の文化祭だし、こだわりたいじゃん。あと、好きなんだ、龍。」

「………いいね」


ブワッ

突風が吹く。

私は、前髪を押さえる。

前髪は少し硬く、冷たい何かがついていた。

「風つよ。そろそろ中入れるか」

河ヶ工は散らばった塗りたての鱗や絵の具を片付け始める。


私は鏡でそっと自分の前髪を見る。

前髪にはきらりと光る鱗がついていた。

もう一度前髪にふれてみる。

よく見ると、手の甲にも鱗がみえた。

私はバッと手を押さえる。



ボロ、ボロボロボロ

聞こえない音を立てて、鱗が私の体を覆っていく。

私は、河ヶ工の方を振り返る。

いつの間にかそこに河ヶ工はいなくなっていて、辺りは真っ白な世界に変わっていて、

キラキラと光る私の鱗だけが嫌に色を放っていた。


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