(タイトル未定)
眞柴りつ夏
第1話
まばゆい光を浴びて、この瞬間をどれだけ夢見ていたかと心臓のあたりをぎゅっと掴んだ。
『ここ』意外真っ暗なのに、少しも寂しさを感じない。それはこの場所が、優しく包み込んでくれているからなのかもしれない。
目を閉じ、顔を上に向ける。荒い呼吸を繰り返し、空間を満たした幸せな空気を自分の肺に送り込む。
佐倉由貴は、笑った。
大型モニターに映ったのだろう。たくさんの悲鳴が上がる。
「今日は本当にありがとうございました!」
隣に立った相方が晴々とした表情で声を張り上げ、佐倉の手を掴む。二人でその手を高く掲げると、今まで聞いたことがない音量の拍手がイヤモニを外した方の耳に響いた。
——そう、これだ。
佐倉由貴がアイドルとして目指していた一つの目標。
ドーム。
この広さを自分と、相方である井口恭平の二人で埋めた。
即日完売したドームツアー最終日。拍手は鳴り止まない。
「ありがとー!!」
佐倉が叫ぶと一段と拍手が大きくなった。
「っと。大丈夫か?」
ステージを降り、客席から見えない場所に来た途端よろけた佐倉を井口が慌てて支えた。今更のように震えだした足を指差し苦笑してみせる。
「おかしいね。さっきまで踊ってたのに」
「いや俺も手が震えてきた」
「ほんとだ」
背中に添えられた手が、小さく震えていた。
「ああ、終わっちゃった」
降りてきたステージの方を向く。ドーム全体に響くざわめきは、楽しんでくれた証だろう。
早く楽屋に移動して欲しいだろうに、スタッフさんたちは少し遠巻きにしてくれていた。初めての大舞台。大成功といっていいだろうそれを終えた二人を、ずっと見守ってくれていた人たちだ。
「なあ、写真撮ろう」
佐倉が手をあげると、マネージャーが心得たようにスマホを差し出す。ありがとうと礼を言って、井口に笑いかけた。
「普段は撮らないけどな」
「そうだな、不仲説出るぐらいだし」
くくくと二人で笑って、肩を組んだ。インカメラに映る表情は、今まで見たことないぐらい、明るい。
「何枚か撮るよ。はい、ポーズ」
カシャカシャと音が鳴り、いい笑顔のツーショットが撮れた。
角度もバッチリ、盛れている。
「っし!」
満足してスマホを下ろすと、佐倉の目の前の風景が、変わっていた。
「……は?」
目だけで周りを見回す。ドームのセット裏、薄暗くて、たくさんの人の空気に満ちていた場所にいたはずだった。
意識してみると、その揺れるような音も、会場に流れていたはずの洋楽も聴こえてこない。
なんだか狭い、小さい教会のような場所にいた。
今度は目線をゆっくりと自分の身体に下す。服はそのままだ。デビューした時に作ってもらった、王子っぽいデザインの白い細身の衣装。触って確認して、そこまでしてようやく焦りというか、胃のあたりがぞわぞわした。
「っ、井口!」
横には誰もいなかった。
「な、んだよこれ……」
ドッキリにしたって一瞬でドームを消すことはできないだろうし、例えば意識を失ったにしては自分の記憶が繋がりすぎている。何より目も閉じたりしていない。瞬き数回ぐらいの話だ。
何が起きた。
流れ落ちる汗が、冷たく感じる。
その時、背後でギィと音がした。
ハッと振り返ると、扉から青年が入ってくるところだった。
「遅れてしまってすまない。そろそろ到着する頃だと思っていたのだけれど」
言いながら扉を閉め、その男はゆったりとした動作で佐倉の方へと近づいてきた。
「状況は伝わっているだろうか」
「状況?」
小首を傾げながらの問いに、思わずおうむ返しになってしまった。状況はさっきから全く理解できていない。
「言葉は通じてる?」
「……通じて、います」
「よかった」
「状況って、なんですか」
声がみっともなく震えた。
青年は、日本人ではない見た目をしていた。緩やかなウェーブがかった金髪、色の白い肌、そして綺麗な薄い青色の目。しかも碧眼だ。もう片方は、焦茶色。
背後の部屋の様子も相まって、ただ事ではないと、脳が理解した。
震える手をもう片方の手で握り込み、佐倉はまっすぐ青年を見た。
「お、れは、さっきまでステージに立っていました。コンサートが終わって、階段を降りて、写真を撮ってた」
握り込んだ手の中、スマホの感触が、そこだけが現実味がある。
「これを下ろしたら、その……」
言葉が上手く出てこない。
浅く呼吸をする佐倉に、青年がそっと近寄り、背中に手を添えた。
「大丈夫、落ち着いて。僕が説明できるから」
とんとんと背に感じる感触が、今が「現実」なのだと教えてきた。
(タイトル未定) 眞柴りつ夏 @ritsuka1151
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